でも、神社の階段は子供には危険だから登ってはいけないと学校でも指導されていた。
無理だよ、と言いかけて僕は言葉を飲み込んだ。
弱虫だと思われたくないという見栄以前に、本当に怖くて声が出なかったのだ。
そんな僕のおびえた様子を眺めながら、「爽太が先に行ってよ」と美緒が意味ありげな笑みを浮かべていた。
邪魔になると思って僕はランドセルを下ろして階段の脇に置いた。
「僕が後から登るよ。滑ったら大変だから」
二人もろとも落ちる場面を想像して足がすくんでいたけど、万一の時には少しでも美緒を守ろうという気持ちがあったのは本当だ。
でも、その次に発せられた彼女の言葉は思いがけないものだった。
「パンツ見るんでしょ」と、美緒が腰をかがめながらランドセルを地面に置いた。
「見ないよ」
とっさに答えたけど、その日彼女は短いデニムスカートで、彼女の言葉につられてつい腰に目がいってしまって、僕はあわてて目をそらした。
「エッチ」
その言葉でスイッチが入ったように血の奔流が僕の体を駆けめぐった。
それまで僕は美緒は美緒だと思っていた。
いつも一緒にいて全然気にしたことがなかったのに、彼女の胸が少し膨らんでいたことや、デニムスカートに隠された腰つきが明らかに男子と違っていることに気づいてしまったのだった。
それは僕の知っている美緒ではなかった。
ついさっきまでいつもの美緒だったはずなのに、美緒はもう美緒ではなくなっていた。
僕も僕ではなかった。
それまで感じたことのない激しい感情が僕の体を突き動かそうとしていた。
美緒をどうにかしてしまいそうだった。
ただ、それがどうすることなのか、どうしたいのかすらその時の僕には分からなかった。
知らなかったから良かったのだろう。
その何かがおそらく美緒を傷つけることになるのはなぜか分かっていた。
そんなことをしたらもう二度と美緒と一緒にはいられなくなるということもなんとなく分かっていた。
あと一歩のところで何かが僕を押さえ込んでいた。
それが理性というものだと知ったのはもう少し成長してからのことだった。
その時の僕は美緒を傷つけたくないという気持ちをただ呪文のように頭の中で唱えてこらえるばかりだった。
そんな暗い衝動を抱えた自分を美緒には知られたくなかった。
「すごい顔真っ赤じゃん」
彼女はそんな男子的内面の変化には気づいていないようで、言い返せない僕をからかっていた。
選択肢などなかった。
「分かったよ。行くよ」
僕はおとなしく石段を登り始めた。
たしかに、その階段はあまりにも急すぎて下から見上げればスカートの中をのぞき放題だっただろう。
でも、数段登っただけでもう僕はそんな妄想すらできないほど足が震えていた。
奥行きが狭いくせに段差が膝くらいある。
作った人が縦横を間違えたような階段だ。
感覚的には二階屋根に立てかけた梯子を登っているのとほとんど変わらない角度だった。
無理だよ、と言いかけて僕は言葉を飲み込んだ。
弱虫だと思われたくないという見栄以前に、本当に怖くて声が出なかったのだ。
そんな僕のおびえた様子を眺めながら、「爽太が先に行ってよ」と美緒が意味ありげな笑みを浮かべていた。
邪魔になると思って僕はランドセルを下ろして階段の脇に置いた。
「僕が後から登るよ。滑ったら大変だから」
二人もろとも落ちる場面を想像して足がすくんでいたけど、万一の時には少しでも美緒を守ろうという気持ちがあったのは本当だ。
でも、その次に発せられた彼女の言葉は思いがけないものだった。
「パンツ見るんでしょ」と、美緒が腰をかがめながらランドセルを地面に置いた。
「見ないよ」
とっさに答えたけど、その日彼女は短いデニムスカートで、彼女の言葉につられてつい腰に目がいってしまって、僕はあわてて目をそらした。
「エッチ」
その言葉でスイッチが入ったように血の奔流が僕の体を駆けめぐった。
それまで僕は美緒は美緒だと思っていた。
いつも一緒にいて全然気にしたことがなかったのに、彼女の胸が少し膨らんでいたことや、デニムスカートに隠された腰つきが明らかに男子と違っていることに気づいてしまったのだった。
それは僕の知っている美緒ではなかった。
ついさっきまでいつもの美緒だったはずなのに、美緒はもう美緒ではなくなっていた。
僕も僕ではなかった。
それまで感じたことのない激しい感情が僕の体を突き動かそうとしていた。
美緒をどうにかしてしまいそうだった。
ただ、それがどうすることなのか、どうしたいのかすらその時の僕には分からなかった。
知らなかったから良かったのだろう。
その何かがおそらく美緒を傷つけることになるのはなぜか分かっていた。
そんなことをしたらもう二度と美緒と一緒にはいられなくなるということもなんとなく分かっていた。
あと一歩のところで何かが僕を押さえ込んでいた。
それが理性というものだと知ったのはもう少し成長してからのことだった。
その時の僕は美緒を傷つけたくないという気持ちをただ呪文のように頭の中で唱えてこらえるばかりだった。
そんな暗い衝動を抱えた自分を美緒には知られたくなかった。
「すごい顔真っ赤じゃん」
彼女はそんな男子的内面の変化には気づいていないようで、言い返せない僕をからかっていた。
選択肢などなかった。
「分かったよ。行くよ」
僕はおとなしく石段を登り始めた。
たしかに、その階段はあまりにも急すぎて下から見上げればスカートの中をのぞき放題だっただろう。
でも、数段登っただけでもう僕はそんな妄想すらできないほど足が震えていた。
奥行きが狭いくせに段差が膝くらいある。
作った人が縦横を間違えたような階段だ。
感覚的には二階屋根に立てかけた梯子を登っているのとほとんど変わらない角度だった。