◇◇

 石段を上がってくる誰かの足音が聞こえた。

「こんなところで何してんだよ。危ねえだろ」

 タカシ先輩だ。

「ごめん」

「港から見えたからよ。迎えにきたぜ」

「ありがとう」

 美緒がおなかを抱えながら微笑む。

「なあ、誰かいなかったか」と、先輩が境内を見回した。

「私一人だよ」

「二人だろ」

「え?」

 ――え?

「ほら」と、先輩が美緒のおなかを指さした。

「あ、そっか」と、笑顔がほころぶ。

「なんか話し声もしてただろ」

 美緒が小さな祠に顔を向けた。

「お願いしてたの。元気な子が生まれますようにって」

「ふうん。じゃ、オレも」

 パンパンと威勢のいい音が半分だけの夕暮れ空にまぎれていく。

 先に石段を下りようとする美緒に先輩がそっと寄り添った。

「大丈夫よ。ゆっくり行くから」

「危ねえからよ」

 美緒の手を取った先輩が一段下に立って、背中に手を添える。

「夕飯焼き肉にしようぜ」

「漁師なのに?」

「べつに飽きたわけじゃねえよ。たまには肉食いてえじゃん。この前宅配で買った冷凍のやつがあるだろ、カルビ」

「私体重増えちゃってお医者さんに気をつけろって言われてるんだけど」

「コイツがいっぱい食ってるんだろ」と、先輩が美緒のおなかをなでる。「お、なんか動いてねえか」

「最近突っ張って大変なのよ」

「すげえな。こんなにはっきり分かるんだな」

「焼き肉食わせろってわがまま言ってるんじゃない?」

「ははは、そうかもな」