◇◇

「爽太」

 石段のてっぺんに立つ美緒が僕を見つめている。

「もう大丈夫だから」

 ――え?

「一人で階段も上れるし」

 ――そうだね。

「爽太」

 彼女の目に涙があふれる。

 彼女の頬を涙が伝っていく。

 僕はその涙を拭いてやることができなかった。

 僕はもう彼女に触れることはできないのだ。

 あの日、あの夜、本当の彼女を知らなかったら、僕らは一緒にいられたのかもしれない。

 でも、あの日は戻ってなんかこない。

 僕らの間を風が吹き抜ける。

 それはどこへ向かうのか。

 風だって分かりはしないのだ。