僕は裏返りそうなほど明るい声で言った。

「汗かいたみたいだから先に入りなよ」

「爽太が先でいいよ。その間私、お皿洗っておくから」

 そういえばまだ流しに運んだままだった。

「やらせちゃ悪いよ」

「ご飯作ってもらったからね」

 譲り合ってもきりがないから先に入らせてもらうことにした。

 頭と体を急いで洗って湯船につかっていたらいきなり引き戸が開いた。

「お湯加減どうですか?」と、美緒がニヤけている。

 ちょ、馬鹿。

「な、何してんの」

「こういうのお泊まりのお約束でしょ」

 知るかよ。

 シッシッと追い払って、つかりなおしたけど、なんかドキドキしてのぼせそうだったから早めに出ることにした。

 リビングに戻ると、美緒がテーブルの上にスマホを置いて画面を眺めていた。

「イカスミのお歯黒、みんなにウケてたよ」

 それは何よりだ。

「先輩から何か来てた?」

 努めてなんてことのないように振る舞いながら僕はたずねた。

「まあね」と、背中を丸めながら美緒がうなずく。「いっぱい入ってたけど、ずっと返さなかったからあきらめたみたい」

「いいの、それで?」

 美緒は僕の問いかけには答えずに立ち上がった。

「じゃあ、私もお風呂に入ってくるね」

 胸を張る背伸びがわざとらしい。

「ああ、ゆっくりでいいよ」

「ふふっ、なんか夫婦みたいじゃない?」

 そういうこと言うなよ。

 上目遣いに一歩間合いを詰めてくる。

「湯加減聞きに来てもいいよ」

 僕は努めて硬い表情を見せて答えた。

「ちゃんと追い炊きスイッチ押してきたよ」

「さすが爽太、気が利くね」

「あとさ、洗面台に予備の歯ブラシあるから、出して使っていいよ」

 美緒が手で口を隠す。

「あ、黒いままだっけ」

 今さらかよ。

 耳まで真っ赤にしながら恥ずかしがっている。

 そんな美緒の様子を見ているこっちの方が照れくさくなってしまった。

「バスタオルも新しいの出しておいたからさ」

「ありがとう。じゃ、行ってくるね」

 ひらひらと手を振りながら美緒がリビングを出ていった。