僕の部屋へ移動した途端、彼女は僕のベッドに飛び乗った。

「爽太のニオイがする」

 そんなにクサイかな。

 と、いきなり僕の枕が飛んできた。

「不意打ちずるいよ」と、美緒のお尻めがけて投げつける。

「ふふふ、やる気になったようだね」

 立ち上がった美緒がじりじりと間合いを詰めてくる。

 行き場を失った僕に容赦なく枕が叩きつけられた。

 痛いなあ。

 さすがに小学生の頃とは力が違う。

 いい歳した二人が狭い部屋の中で真剣勝負だ。

 派手な空中戦が展開される。

 一番かわいそうなのは罪のない枕だろうな。

 だいぶ疲れてきたところで、美緒が両手で枕を突き出したまま僕に襲いかかってきた。

 ちょうど後ろはベッドだった。

 押し倒された僕の顔に枕が押しつけられる。

 マジで苦しいんですけど。

 なんか満腹で騒いだせいかカレーが……うっぷ。

「こ、降参」

 こもった声が届いたのか、視界が開けてようやく息ができた。

 勝ち誇った表情の美緒が黒い歯をのぞかせながら僕を見下ろしている。

 立ち上がって僕は告げた。

「だけど美緒の負けだよ」

「なんでよ」

「投げてないじゃん。ルール違反」

「あ、そっか」

 ペロッと黒い舌を出した美緒が気まずそうに頭を掻いている。

 ただ、勝負には負けても満足したようだ。

「でも楽しかった。昔に戻ったみたいだったよね」

 急に胸が苦しくなる。

 心がざわつく。

 戻れるなら……僕だって……。

 いや、分かってる。

 そんなことを考えたってどうにもならないんだ。

「お風呂つけておいて良かったでしょ」と、額の汗をぬぐいながら美緒がリビングに戻っていく。

「まさかこれのために?」と、僕も葛藤を振り切るように話を合わせた。

「さすがにそこまで計算してないよ。いくら私でも」

 この葛藤を知られてはいけない。

 昔のままの僕らを演じればいい。

 それでいいんだ。

 小三のキャンプと変わらない一夜を過ごせばいいのだ。