テーブルにつくなり美緒がスプーンを僕に突き出す。

「はい、あーん」

 はあ?

 いきなり何してんの。

「いいよ、こぼすから自分で食べるよ」

「照れてんの?」

 そうだよ。

 僕の中にうごめく猛獣に餌を与えるなよ。

 こらえてるんだよ。

 自分の中から飛び出そうとする怪物に心を押しつぶされないように……。

「じゃあさ、私にアーンしてよ」と、美緒が大きな口を向けてきた。

 言い出したら聞かないことは分かってる。

 僕はおとなしく一口分すくってスプーンを差し出した。

 やっぱりちょっとこぼれそうになる。

「ひよこに餌をあげてるみたいだな」

「えへへ、かわいい?」と、唇の隅についたご飯粒をなめながら美緒が首をかしげた。

 実際は、イカスミで歯が黒いからなんかの怪鳥のヒナに餌をやっているみたいだ。

 ――でも、かわいいよ、美緒は。

 声にならない思いが頭の中を駆け巡る。

 そんな僕の顔を見ながら彼女が鳥の鳴き真似をした。

「ピーチクパーチク」

「ひよこはピヨピヨだろ」

「あ、そうか」

 照れくさそうな笑みを浮かべたまま美緒は自分のスプーンで残りのカレーを食べ始めた。

 少しの間、部屋には雨の音が満ちていた。

 なんということもない僕らだけの時間が過ぎていく。

 二人で一つのカレーを食べ終えると、美緒が記憶をたどるようにつぶやいた。

「あの時はキャンプみたいで楽しかったよね」

 美緒の表情はとても柔和だ。

「ねえ、枕投げしようよ」

「二人で?」

 一方的にやられる結末しか思い浮かばない。

「いいじゃん。一騎打ち頂上決戦」

「投げあうほど枕たくさんないよ」と、僕は無駄な抵抗を試みた。

「爽太のあるでしょ。ドッジボール方式」

 言い出したら聞かないんだ。

 変わらないよ、美緒は。

「分かったよ。お手柔らかに」