「スパゲティゆでればいいかな?」と、声をかけると美緒もやってきた。

「何味?」

「タラコとかカルボナーラとか、いろいろあるよ」

 あるだけのレトルトパックをキッチンテーブルの上にならべる。

「ふうん……」

 品評会の評論家のようにあごに手をやりながら美緒が視線を往復させた。

「じゃあ、これ」

 選ばれたのはイカスミだった。

 口が真っ黒になるやつだ。

 よりによってとツッコミ待ちなのかもしれないけど、美緒らしい。

「だって、食べたことないんだもん」

 僕は鍋にお湯を沸かして二人分の乾麺を投入した。

「慣れたもんだね」と、美緒が肩越しにのぞき込む。

 ふわりといい匂いがした。

「これくらいならね」と、僕は菜箸で麺をつついてお湯の中に沈めた。

「じゃあ、私お風呂つけてくるよ。爽太さっき入ってないもんね」

「あぁ、ありがとう。つけ方分かる?」

「自動ボタンを押すだけでしょ。それよりスポンジとか洗剤は?」

「洗濯機の横のかご。やらせて悪いね」

「ごちそう作ってもらってるから」

 それほどのものでもないけどね。

 美緒は初めて食べる物は何でも『ごちそう』と言う。

 フラペチーノもレトルトのイカスミもごちそうなのだ。

 スパゲティがゆであがる少し前にフライパンにイカスミソースをあけて温める。

 キッチンタイマーが鳴った。

 ソースもちょうどぐつぐついい始めたところだ。

 麺を移して絡めれば完成だ。

 僕はかけるだけの明太子ソースにした。

 テーブルに二人分の夕食を運ぼうとしたとき、脱衣所から美緒が出てきた。

 うわお!

 思わず皿からスパゲティが飛んでいきそうになる。

「何だよ、その格好」

 太もも丸出しだ。

「いけない。ジャージはいてくるの忘れた」と、くるりと背を向ける。「浴槽洗うのに濡らしたらやだから脱いだんだった」

 短パンははいてるんだろうけど、ジャージの上着で腰まで隠れているせいで、かえって何もはいてないように見える。

 わざとやってるだろ。

 と言いつつ、その姿を記憶に焼き付けたことは内緒だ。

 ごめんごめん、と屈託なく笑いながら戻ってきた美緒がテーブルについた。

「うわあ、本当に真っ黒だね。いっただっきまぁす」

 イカスミのスパゲティはとても気に入ったようだった。

「ニンニクの香りがいいね。おいしいよ」

 それは何よりだ。

「ねえねえ、歯、黒い?」と、美緒がニッと口を広げた。

「食事中にそんなの見せるんじゃありません」

 シュンとしている彼女を見ていると、正しいことを言ったはずなのに罪悪感がこみあげてくる。

 チョロイ男子なんだよな、僕は。

 つまらなそうにフォークをくるくる回してスパゲティを絡めている美緒に僕はそっと教えてやった。

「真っ黒だよ」

「ホント?」と、スマホを取り出して自撮りする。「アハハ、ホントだ。すごいや。みんなに見せよう」

 女子というか、美緒のこういうセンスはよく分からない。

 SNSにアップして満足したのか、それからはおとなしく完食していた。

「ああ、ごちそうさま。おいしかったよ。ありがとう」

 ご満足いただけたようで光栄ですよ。