先輩のことはさておき、さっきのスマホのメッセージからすると、美緒のお母さんも細かいことは気にしていないようだ。

 それならこちらからよけいな気をつかうこともないんだろう。

 僕も勉強しないと。

 苦手な古典をなんとかしなくちゃ。

 僕らはテーブルをはさんで問題集に向き合っていた。

 放課後の時間つぶしとして強制開催されていたフードコート勉強会のおかげで、高校に進んでから僕はものすごく学力が伸びた。

 英語はつねに八十点以上だったし、数学はクラスでトップを取ったこともある。

 美緒は素直にほめてくれた。

「すごいよね。同じ時間勉強してるのに私の倍くらい取ってるじゃん」

 さすがにそれは言いすぎで、彼女も平均が七十点くらいだったから、そんなに悪いわけではない。

 ただ、僕に比べると少し気が散りやすいところがある。

 このときも飽きたのか、足でつついてきたり消しゴムを弾き飛ばしたりして僕の反応を楽しんでいた。

 夏の甲子園予選で敗退した先輩が引退して島へ帰るのが早くなってからは僕らの勉強会はなくなっていたけど、一人でも勉強の習慣は続いていた。

 べつに真面目なわけではない。

 放課後、港まで彼女を送ってから家に帰っても、暇をもてあますだけだったからだ。

 僕は都会の大学を目指していた。

 地元には難関国立大学か無名私大かの極端な二択しかなかったし、就職先も限られていた。

 美緒はうちの母親のように看護師を目指していると言っていた。

 ただ、それは具体的なイメージというわけではなく、島から出て何かをしたいという漠然とした目標に過ぎないようだった。

 それは僕も同じだった。

 高校の次はとりあえず大学に行っておけばいいんだろう。

 それ以上のことは考えようがなかった。

 僕らは島から見える風景より外の世界をあまりにも知らなすぎたのだ。

 夕方七時過ぎにうちの母親からメッセージが届いた。

『今日は夜勤だから家にあるもので食べてね』

 急にシフトが変わって、どうやら僕らと入れ替わりの出勤だったらしい。

 僕が中学に上がったころから夜勤も引き受けていたからめずらしいことではなかったけど、よりによってこんなときに……。

 もっと早く教えてくれよと今さら言ってみたところで、僕も美緒のことを伝えるのを忘れていたし、そもそも嵐がおさまらなくては何も解決しないのだ。

 美緒にスマホを見せると、肩をすくめながらつぶやいた。

「夕飯何かあるの?」

 ふう。

 少しは他の心配もしろよ。

 いや、こんな美緒だから一緒にいられるんだ。

 この状況に深い意味はない。

 それでいいんだ。

 僕は努めて明るく振る舞いながら、キッチンへ行った。