五龍が一つ、日の本の国の大地を司る龍見家の現当主・龍見竜輝は困り果てていた。

「では、こちらの書類を郵送してまいりますね」
 一週間前に来た念願の神和ぎである竜ヶ峰招は、そう言って竜輝が主に仕事で使っている部屋を出て行った。
 笑顔で送り出した招の気配が無くなると、竜輝は優し気な笑みを崩し「はあぁ……」と深く息を吐く。

「お疲れですね?……招殿に何かご不満でも?」
 問うのはこの部屋に唯一残っている竜輝の従兄であり側近でもある砂羽だ。
 従兄で年上ではあるが、幼いころから当主と側近になるものとして育ったため昔から敬語で話してくる。
 長年の経験からか、砂羽は疲れている様子の主人に熱めのお茶を入れ目の前に置いた。

 竜輝は軽く息を吹きかけながらちびちびと飲みつつ彼の問いに答える。
「不満はない。覡として側にいてくれるだけでなく、ああして仕事も手伝ってくれているしな」
 ただ、と眉間にしわを寄せ続けた。
「何かと触れてくるのはどういうつもりなのか……」
 初めは挨拶と共に手を握る程度だった。それ自体にも驚いたが、別に不快なわけでもなかったので特に咎めはしなかった。
 他人より少々触れ合う事に抵抗が無いだけだろう。そう思いそのままにした。
 それが徐々に手だけでなくなり、「体調は如何ですか?」などと聞きながら額や首筋にも触れるしまつ。

「お嫌ならそう伝えてみては?」
 淡々と提案する砂羽に、竜輝はまたため息を吐く。

「さりげなく伝えたさ。少し触りすぎではないか? とな」
「……それで?」
 先を促され、竜輝は渋面を作る。
 そのときの事を思い出すと色々な意味で頭を抱えたくなるのだ。

「……今にも泣きそうな顔で『私に触れられるのはお嫌ですか?』と聞き返され嫌だと言えなくなった……」
「……」
 答えを聞き、無表情で黙り込む砂羽を見て竜輝は「仕方ないだろう⁉」と僅かに怒りを滲ませた。

「梓にそっくりな顔で泣きそうな表情だぞ⁉ 強く出られなくなるに決まっているじゃないか!」
 声を荒げる竜輝に、砂羽は軽くため息を漏らす。
「梓殿がお好きならそう言えばいいのに……。そうして彼女を花嫁として迎えればいいでしょう? そうすれば何の問題もないというのに」
 周囲の迷惑になるからとひた隠しにしていた想いだったが、ずっと側にいた砂羽には気付かれてしまっていた。
 そう、初めて梓に対面した十年前から、竜輝は梓のことが好きだったのだ。
 優しく愛らしい少女。それでいて芯の通った意思の強い目をする。――一目惚れだった。
「問題はあるだろう。招は俺に仕えることを喜んでいたし……」
 取り決め通りなら招が仕えるのが道理。何より、彼は昔から竜輝に仕えることを誇りに思っている様子だった。
 そんな彼にお前ではなく梓を望むとは言えない。
「それに、玲菜(れいな)もいる」
 砂羽の妹でもある玲菜は竜輝にとっても可愛い妹のような存在だ。
 だが、そのように仲良くしていたせいか丁度良いと周囲に思われたのだろう。
 自分の婚約者という立場にさせてしまった。
「今更婚約を解消などすれば、玲菜の経歴に傷がついてしまう」
「……そんなことを気にするような妹ではないのですがね……」
「何にしても今更過ぎることだ」
 周囲の意志を気にして自分の想いを口にしてこなかった報いだ。
 今更変えることなど出来はしない。

 だというのに、招は梓と似た顔でちょくちょく触れてくるのだ。
 梓を想う心を封じ込めて役目を全うしようとしているというのに、男にしては柔らかい手で素肌に触れられるとどうしても梓を重ねてしまう。
「……そのうち招を梓と見間違えて押し倒しそうで困る」
 悶々と内に溜まったものを言葉にすると、案外本当にやってしまいそうに思えて怖くなった。
(俺に男色の趣味はないというのに……)
「……はぁ、何と言いますか……」
 従兄という気安さ故に本音を吐露してしまうと、聞かされた砂羽は呆れを多分に含んで答える。
「相当拗らせてますね」
「うぐっ……」
 自覚があるだけに言葉が出なかった。

「……まあ、そのうち進展もあるでしょう」
 呆れをため息で吐き出し、砂羽は少々意味深な言い方をする。
 それに僅かな疑問を抱きつつも、竜輝は現在の悩みをどうするかの方が気がかりだったため追及はしなかった。