舞花が両親に反対されて、バスケットボールチームに入れなかったときのことだった。
その日舞花は僕に、「一緒に帰ってくれない?」と頼んできた。
だけど僕たちの帰り道は反対方向だった。
通学路だって違う。
一緒に帰っていたら、他の同級生が怪しむ。
それに、
「舞花、今日ピアノの日じゃなかった?」
舞花はいつも習い事を抱えていて、たいていお母さんかおばあちゃんが迎えに来てそのまま習い事に行くことが多かった。
そして僕の頭には舞花の習い事のスケジュールが完璧に入っていた。
保育園の頃から毎日のように「今日は○○の日」なんて聞かされているから、自然と覚えた。
小学校に入学してから増えた習い事もある。
僕の問いかけに、舞花はあからさまに苦々しい顔をして答えた。
「今日は、休みなの」
「そう、なんだ……」
「ねえ、一緒に帰ろうよ」
そりゃあ僕だって一緒に帰りたいのはやまやまだった。
だけど、
「通学路違うだろ。先生にバレたら怒られるよ」
「もう……、あおい君は変に真面目なんだから」
そりゃそうだ。
僕は保育園の頃から聞き分けの良い子どもをやってきた。
今さら規則を破るとかそう言うことはできなかったし、第一、先生に怒られたくない。
だけど、舞花の決定的な一言で、僕の気持ちが揺れ動いた。
「うちの近くに、バスケットコートがあるんだよね」
僕はその言葉に反応して、ひょいひょいと舞花と帰ることにした。
校門を出るとき、舞花はこそこそと不審な動きをしていた。
「何してんの?」と僕が聞いても何も言わない。
そんな舞花の視線の先を追うと、見慣れた車が止まっているのが見えた。
明らかにその車から隠れようとする舞花に、しょうがなく僕も付き合って学校を後にした。
罪悪感と、歩いたことのない道を歩く緊張感とで心臓はずっとバクバクしていた。
そんな僕をよそに、舞花はいつもの笑顔で、何も変わらず僕に話しかけていた。
一言も耳には入ってこなかったけど。
僕は結局、舞花が住むマンションの扉の前までついてきた。
念のためと持ち歩いている鍵をランドセルから引っ張り出して玄関を開けると、舞花はランドセルだけおろしてすぐに出てきた。
その手には、ドッジボールで使うぐらいの小さなボールを持っていた。
「行こ」
そう言っていそいそとマンションを後にする舞花に、僕もついて行った。
連れて行かれたのは、バスケットコートだった。
「おお……」
と僕は思わず感嘆の声を漏らした。
そんな僕に、舞花は何も言わずにボールを渡した。
ボールを受け取った僕は、シュートの練習をしたり、習いたてのドリブルなんかをしてみる。
バスケットボールじゃないから全然弾まないし、重さも全然違った。
それでも僕は夢中になって、そのボールをバスケットゴールに向けて投げた。
それを舞花は、ベンチに座って頬杖をつきながら寂しそうに見ていた。
そんな舞花を放っておけるはずがなかった。
「なあ、なんでこんなことするんだよ」
「何が?」
「ばあちゃん、迎えに来てただろ?」
舞花は僕から視線をそらしたまま何も答えない。
だから僕は、核心を突いた。
「ピアノ、ずる休みだろ」
「だって、バスケやらせてくれないんだもん。
他の習い事なんて、やりたくない」
舞花はそう言うと、ぷいと僕から顔をそむけた。
そんな舞花の態度に、僕はため息と一緒に肩を落とした。
よっぽどやりたかったんだ。
だってこんな舞花を、今まで見たことなかったから。
確かに舞花は、帰りの時間になるといつもつまらなそうな顔をする。
「行きたくないなあ」なんて言いながら。
だけど、そう言いながらもいつもちゃんと行っている。
本当に行かなかったのは、今回が初めてだ。
「舞花」
僕の呼びかけにちらりとこちらに視線をよこしたのを合図に、僕はボールを舞花にそっと投げた。
それを舞花は上手に両手で受け取った。
「そんな顔するなよ。バスケなら、僕が教えてあげるから」