舞花はたいてい一番に保育園に行く。

 だけど舞花より先にいつも教室の中にいる男の子がいた。

 それが、あおい君だった。

 舞花が二歳児クラスに上がったあたりだっただろうか、先生は舞花が登園するたびに、「あおい君、舞花ちゃんが来たよ」と教室の奥に声をかけるようになった。

 そこで僕は初めて、「あおい君」を認識した。
 
 あおい君は僕が遠目で見る限り、大人しくて物静かな男の子だった。

 彼はいつも一人で部屋の隅で黙々と作業をしていた。

 舞花が来たことを先生が知らせても、先生の声にわずかな反応を見せるだけで、こちらに視線を向けることもなかった。

 基本的にいつも伏し目がちで、どことなく陰があって、子どもらしい無邪気さや笑顔はなかった。

 艶があってさらさらとした黒髪の持ち主で、前髪はいつも目にかかりそうだった。

 そんな彼と、たった一度だけ目が合ったことがある。

 ものすごい台風が直撃して、急遽舞花を迎えに行った日のことだったからよく覚えている。

 前髪の隙間から一瞬目が合った時、そのきらりとした瞳にどきりとした。

 少し潤みがちな瞳は透明感があって、まるで、ビー玉のように透き通って見えた。
 
 
 舞花は聞いてもいないのにあおい君のことをよく教えてくれた。

 あおい君の好きな食べ物、好きなキャラクター、好きな色、誕生日……。

 そのどれも僕は覚えていないのだけど、それでも簡単にあおい君の存在を思い出すことができたのは、


__「舞花ね、あおい君のことが好きなんだあ」


 愛おしいはずの無邪気な幼い声で何度も聞かされた、そのセリフのせいだ。