話終わるころには午後3時を回っていた。

 ここに着いたのが午後2時ごろだったから、ほんの一時間ほどしか滞在していないというのに、もうずいぶん話し込んだような気分だった。

 それから僕たちは車に乗って帰る準備をした。


「またいつでもおいで」


 義両親は何度もそう言った。

 まるで、そう約束を取り付けるように。

 社交辞令とかじゃなくて、本当にまた来てほしいという思いが伝わってきた。


 車を運転しがてら、僕は誰に言うでもなく、自然と言葉が漏れた。


「来てよかったな」


 その言葉に一番に反応したのは、助手席に乗った歩美だった。

 満足げな笑みが、薄い唇に浮かんでいた。

 後部座席に乗った舞花は窓際に肘をついて外を眺めていた。

 僕はそれをフロントミラー越しに見ていた。

 すると、不意にミラー越しに舞花と目が合った。

 舞花はゆっくりと窓際から離れて、前座席の狭い隙間に顔を突っ込んで言った。


「あのさ……定期が欲しいんだけど」


__テーキ……?


 一瞬何のことかわからなかったが、どうやら電車の定期券が欲しいのだという。

 区間は、うちの最寄り駅から義両親のいる町の駅。

 そう、あの三駅分だ。

 よほど義両親の家の居心地が良かったのだろうか。

 定期で通いたいほど、会いたいということなのだろうか。

 だけどそれは違った。

 しばらくしてから、舞花は言いにくそうに小さな声で言った。


「あおい君に、会いに行きたい」


__……あおい君……?


僕はその聞き覚えのある名前を心の中で何度も唱えた。


「……柏原……あおい」


 口からこぼれ出たその名前が、僕を遠い記憶の中に連れて行く。