大仏の正面を拝み終わると、僕たちは大仏の背後に回った。
半周ほどすると、何かの行列を見つけた。
「ここ、並ぼうよ」
そう言う舞花はこれが何の行列かわかってるようだった。
僕たちが訝し気に近づくと、舞花が教えてくれた。
「ここの柱に大仏の鼻と同じ大きさの穴があるんだって。そこをくぐってみたい」
なるほど、大仏の鼻の穴と同じ大きさの穴か。
あんな巨大な大仏の鼻の穴だ。
それはどんな大きさなのだろう。
僕も通ってみたいと思った。
僕が修学旅行に行ったときもあったのだろうか。
もしかしたらガイドから説明があったかもしれない。
ただ僕が聞いていなかっただけで。
僕は最後尾から太い柱に伸びる行列を目で追った。
その最前列には、這いつくばって小さな穴を通ろうとする人が見えた。
その穴はいかにも小さいように見えた。
はじめは遠距離だからそう見えるのかと思っていた。
だけど、近づけど近づけど、一向に穴が大きくなることはなかった。
僕たちの番が来た時、その穴の大きさは、やはり僕が想像していたよりもはるかに小さかった。
舞花はためらうことなく、身を小さくして穴に体を通した。
小学六年生の舞花でも、通り抜けるには少々ギリギリではないかと思った。
舞花は何とか通り抜けると、満足げな笑みを向けて僕たちに言った。
「お父さんとお母さんも」
僕は歩美に先を譲った。
歩美は華奢だし、全体的に細いから何とか抜けられるのではないかと、その様子を見守ることにした。
案の定、途中で腕がつっかえて身動きが取れなくなる。
結局歩美は穴を逆戻りしてきた。
髪はすっかり乱れて、顔も真っ赤になっていたけど、照れ笑いを見せる歩美は、まるで幼い少女のようだった。
そして二人の視線が僕に向けられた。
「お父さんは無理だよ。お母さんだって通れなかったんだから」
「えー、お父さんもやってよお」
そう言いながら、舞花は僕の背中を押した。
歩美の目が「私もやったんだから」と厳しく訴えてくる。
しょうがなく僕は床に手と膝をついた。
目の前にくりぬかれた穴は、やっぱり小さかった。
息を一つふーっと吐いてから、僕は穴に顔を突っ込んだ。
その一瞬で、木の匂いが鼻孔を刺激した。
なんとも深くて心穏やかになるような匂いだった。
穴のすぐ先には観光客の足が見えていた。
だけど僕には、穴を通り抜ければ、もっと素晴らしい世界が待っているような気がしてならなかった。
この穴を通り抜ければ、現実と向き合わなくてもいいような気さえした。
もっと先へ、もっと先へ。
僕は無理やり、少しずつ体を通していく。
通った部分がぞわぞわっとして、不思議な感覚を味わった。
だけど、結局僕も腕がつっかえて通り抜けることはできなかった。
無理に体を押し込めたからか、出てくるのに時間がかかってしまった。
体を締め付ける温かな木材の感覚が、少しずつほぐされていくのがツラかった。
逆戻りしていく間、穴の先に見える光が遠のいていくのがなんとも寂しかった。
体が完全に穴から出て立ち上がろうとすると、少しくらっとした。
目の前の舞花や歩美や、行列の人たちがぼやけて見える。
「お父さん、髪すごいことになってる」
そう笑う舞花の声がすぐ近くで聞こえて、優しく髪が梳かれた。