昨日同様、舞花を自転車の後ろに乗せて家までを走った。
あのコートから自転車で10分ほどのところにあるこじんまりとしたマンションの三階、最上階が僕の家だ。
エレベーターもなくて、外階段を三階まで登っていく。
ちょうど日陰になっているので、コンクリート造りの階段はひんやりしていて心地よい。
鍵を開けて重たい扉を開けた。
こうなることを見越して冷房はつけっぱなしにしていたから、奥の部屋から薄暗い廊下を通って玄関に冷たい空気が流れ込んでくる。
「お邪魔します」と言いながら、舞花は狭い玄関で靴をそろえて脱いだ。
入ってすぐの僕の部屋に舞花を通した。
舞花が僕の部屋に入った第一声は、「へー」だった。
とても興味深そうで、不思議と楽しそうな声が漏れた。
「すっごくきれいにしてるんだね」
そりゃそうだ。
今日のために徹夜して片づけて、掃除してたんだから。
大掃除並みの掃除なんだから。
だから今朝寝坊したなんて、絶対に言えないんだけど、「別に普通だよ」なんて、ガッツポーズしたい気持ちをかみ殺しながら強がる。
舞花はいつまでも物珍しそうに僕の部屋を見渡していた。
じろじろ見られて困るものは何もないはずだ。
机には教科書が並んでるだけだし、本棚にはお気に入りの漫画とかバスケの本とか小学校の卒業アルバムしかない。
ベッドは上も下もきれいに、念入りに整えた。
散乱していたものはとりあえずプラスチックの衣装ケースの中に詰め込んだ。
壁には時計しかかかっていない。
なんとも殺風景な男子の部屋だ。
今日だけは。
まずいものなんて、ひとつも目に入らないはず。
「男の子の部屋ってシンプルだね。余計なものがないというか」
「あんまりじろじろ見るなよ。ほら、これ」
僕は昨日のうちから用意していたものを、舞花に差し出した。
「これって……体操服?」
そう言う舞花の目にも頭にも、たくさんの疑問符が浮かんでいた。
「うちの学校の体操服。それ着れば、学校は入れるだろ」
僕たちの学校は男女とも同じデザインの体操服を着ている。
違っているのは男子が短パン、女子がハーフパンツだということぐらいだ。
しかも長さは大して変わらない。
だから、舞花が僕の体操服を着ていても、うちの中学の女子の体操服姿と何ら変わらないということだ。
僕の趣旨を理解した舞花は、「ああ」と小さく感嘆の声を上げて大きく見開いた目をこちらに向ける。
その目が「行っていいの?」と聞いているのは明らかだった。
僕はもう「変に真面目なあおい君」ではない。
「俺そっちの部屋にいるから、着替え終わったら声かけて」
それだけ言って僕は部屋を出た。
扉を静かに閉めて、一目散にキッチンに向かう。
冷蔵庫からペットボトルの麦茶を取り出して、一気に煽った。
口を離すと、無意識に止めていた息が一気に吐き出された。
心臓がバクバクとありえないほどの音を立てて動いた。
今にも破裂しそうだった。
しばらくたっても、ドキドキもそわそわも止まらなかった。
だって、舞花がうちにいて、僕の部屋で着替えをしているんだから。
しちゃいけないんだけど、想像しただけで息が荒くなる。
徹夜明けもたすけてぼーっとする頭を、頬を叩いて叩き起こす。
リビングに移動してソファにどさっと座ると、ドキドキから一転、急に眠気が襲ってきた。
いつもこの場所でゴロゴロしているからだろうか。
力がソファに吸い取られていく感覚と、重い瞼が落ちていく感覚が一気に眠りに誘い込む。