「そんなことないと思うけどなぁ。――あ、そういえばもうすぐバレンタインでしょ? 絢乃会長、何か言ってなかった?」

 勝手に謙遜し、意気消沈していた僕を元気づけるように、先輩がそんなことを訊いてきた。

「……へっ!? あの……えっと、『手作りチョコ、期待しててね』と。というか、僕からその話題振ったようなもんですけど……」

 あれは、絢乃さんが僕に対してお誕生日プレゼントを期待しているような素振りを見せられたからで、僕からチョコを催促したわけではないはずだ。……多分。

「へぇ~~、自分から言ったの? 桐島くん、勇気あるね―」

「……いや、別にそういうわけじゃないんですけど」

 ところが先輩は、明らかに面白がっているような、ベタな関心の仕方をした。というか、勇気云々とかの問題ではないと思うのだが。

「まぁ、桐島くんはモテるから。毎年バレンタインにはドッサリ何かもらってるもんね。今年もきっとそうなるよ♪」

「…………はぁ」

 毎年、チョコをあまりもらえない同期の男子からは羨ましがられるが、僕はそんなにありがたくなかった。この年は、絢乃さんという本命がいたから余計にだ。

「あ、ちなみに私からはないからね?」

「言われなくても分かってます」

 釘を刺した先輩に、僕はブスッと答えた。
 そもそも、先輩から義理でもバレンタインチョコをもらったことなんて学生時代から皆無だったし、僕はただの後輩としか思われていなかったことも知っていたから、特にガッカリはしない。

「でも、絢乃さんからは確実にもらえるんだね。よかったじゃん、桐島くん♪」

「はい。……っていうか、『じゃん』はやめましょうよ。先輩、ご自分の歳考えて下さいよ」

「えー? なんでよ? 私まだ若いんだしいいじゃない。――あ、ねえねえ桐島くん。お腹空いてない? これから一緒にゴハン行こうよ。私がおごったげるから」

 僕の抗議を軽くいなし、彼女は気軽に僕を夕食に誘った。

「え……、腹は減ってます……けど」

 傍から見れば、これはデートの誘いに見えなくもない状況だった。絢乃さんという女性(ひと)がありながら、先輩と浮気するわけにはいかなかった。

 ……が。

「何をうろたえてんのよ? 何もオシャレなディナーしに行こうって言ってるんじゃないから。行くのはこの近くの牛丼屋さん」

「…………へっ!?」

「私があなたの行きつけのお店、知らないと思った? よく仕事の帰りに、あそこの特盛牛丼テイクアウトしてるの、私も知ってるのよ」

「……ああ。そういうことですか」

 何とも色気のない展開に、僕はホッとしていた。これで、絢乃さんに対して負い目を感じる必要もないのだと。