「……先輩!? もう、ビックリさせないで下さいよっ!」
パッと振り向くと、そこに立っていたのは小川先輩だった。――そういえば、先輩が住んでいたのも代々木だったのだ(今も住んでいるかどうかは分からないが)。
「驚いたのはこっちよ。ここって女性向けの恋愛小説コーナーだよね? 桐島くんこそ、こんなところで何してんのよ?」
彼女は通勤用のスーツにコートを羽織った姿だったので、きっと仕事の帰りに寄ったのだろう。
……まぁ、女性である彼女がこういう小説を好むのは分からなくもない。大学時代からの先輩・後輩の関係だが、彼女の趣味やら何やらを熟知するほど僕と先輩とは親しいわけでもない。
「……えーっと、ちょっとオフィスラブの参考に……と思って物色してたんですけど。登場する男キャラが僕とはかけ離れてるヤツばっかりなんで……」
「オフィスラブ……、って絢乃会長と?」
いきなり核心を衝いてきた先輩に、僕はのけ反った。
「な…………っ、なんでそういう発想になるんですか!」
「あれ、違ったっけ?」
「……………………」
違いません。違いませんけど、他に言い方なかったんですか、先輩! ……という抗議の言葉は飲み込み、僕は別の言葉を探した。
「どうしてこういう小説には、ドSとか俺様とかみたいな男ばっかり出てくるんですかね? 世の女性たちはホントにこういう男が好きなんですか?」
「そりゃあ、需要があるからでしょ。でも、それは創作の世界だからウケるんだよ。現実にそんな男に迫られたら、私なら蹴り飛ばしたくなるわ」
「蹴り……、マジっすか」
僕は絶句した。気の強い小川先輩なら、あり得なくもないが……。
「少なくとも、絢乃会長の好みのタイプじゃないと思うな、このテの男たちは」
「……そう、ですよね」
僕は納得した。絢乃さんは多分、こういうタイプの男がキライだと思う。……というか、本当におキライらしい。
「彼女の好みはもっと思い遣りがあって、優しくて誠実な人だと思う。桐島くんなんか、ピッタリなんじゃない?」
「はあ」
僕は彼女の――絢乃さんの気持ちを知っていたから、先輩の言葉にもなるほど、と思えたが。果たして自分が本当にそういう男なのか、という点ではいささか疑問だった。
「僕は……そんなにできた男じゃないですよ」
年上であるがゆえに、彼女の前ではしっかりものとして振る舞っていただけで、本当の僕はもっと浅ましい男だった。彼女が好きだという自分の本心と、彼女の秘書という偽りの自分とのジレンマに苦しんでいた、ただの平凡な男だったのだ。
パッと振り向くと、そこに立っていたのは小川先輩だった。――そういえば、先輩が住んでいたのも代々木だったのだ(今も住んでいるかどうかは分からないが)。
「驚いたのはこっちよ。ここって女性向けの恋愛小説コーナーだよね? 桐島くんこそ、こんなところで何してんのよ?」
彼女は通勤用のスーツにコートを羽織った姿だったので、きっと仕事の帰りに寄ったのだろう。
……まぁ、女性である彼女がこういう小説を好むのは分からなくもない。大学時代からの先輩・後輩の関係だが、彼女の趣味やら何やらを熟知するほど僕と先輩とは親しいわけでもない。
「……えーっと、ちょっとオフィスラブの参考に……と思って物色してたんですけど。登場する男キャラが僕とはかけ離れてるヤツばっかりなんで……」
「オフィスラブ……、って絢乃会長と?」
いきなり核心を衝いてきた先輩に、僕はのけ反った。
「な…………っ、なんでそういう発想になるんですか!」
「あれ、違ったっけ?」
「……………………」
違いません。違いませんけど、他に言い方なかったんですか、先輩! ……という抗議の言葉は飲み込み、僕は別の言葉を探した。
「どうしてこういう小説には、ドSとか俺様とかみたいな男ばっかり出てくるんですかね? 世の女性たちはホントにこういう男が好きなんですか?」
「そりゃあ、需要があるからでしょ。でも、それは創作の世界だからウケるんだよ。現実にそんな男に迫られたら、私なら蹴り飛ばしたくなるわ」
「蹴り……、マジっすか」
僕は絶句した。気の強い小川先輩なら、あり得なくもないが……。
「少なくとも、絢乃会長の好みのタイプじゃないと思うな、このテの男たちは」
「……そう、ですよね」
僕は納得した。絢乃さんは多分、こういうタイプの男がキライだと思う。……というか、本当におキライらしい。
「彼女の好みはもっと思い遣りがあって、優しくて誠実な人だと思う。桐島くんなんか、ピッタリなんじゃない?」
「はあ」
僕は彼女の――絢乃さんの気持ちを知っていたから、先輩の言葉にもなるほど、と思えたが。果たして自分が本当にそういう男なのか、という点ではいささか疑問だった。
「僕は……そんなにできた男じゃないですよ」
年上であるがゆえに、彼女の前ではしっかりものとして振る舞っていただけで、本当の僕はもっと浅ましい男だった。彼女が好きだという自分の本心と、彼女の秘書という偽りの自分とのジレンマに苦しんでいた、ただの平凡な男だったのだ。