確かに、彼女はまだお父さまを亡くされたばかりだったので、お誕生日のお祝いどころではなかっただろう。それも、父親が倒れた会場で祝ってもらうということにも抵抗があったのだろう。
 だが、理由はそれだけではなかった。

「組織のトップとはいえ、いち個人の誕生日をわざわざ会社の経費を使ってまでお祝いしてもらう必要はないんじゃないかと思ったの。それこそ公私混同も(はなは)だしいし、経費のムダ遣いだから。そんなことに使う予算があるなら、もっと他のところに予算を割いた方が会社のためになるでしょ?」

 彼女はそれも肯定したうえで、そう付け加えた。
 私情からではなく、経理上の問題を理由にするところが真面目な彼女らしい。そんなことで会社の経費を使わんでよろしい、ということだろう。

「はぁ、なるほど……」

 それに、彼女は会長の誕生パーティーに出席することが、管理職以上の人間の義務と化していたことにも頭を抱えていらっしゃったらしい。
 祝う気持ちがないのに「仕事」と割り切って出席されても迷惑だろうし、現に僕がパワハラ被害に遭っていた原因の一端も、そこにあったのだ。
 なので、社を挙げての会長の誕生祝いを廃止したいとおっしゃったのは、彼女の優しさや思いやりからだと僕は思っていたのだが……。

 次の爆弾発言には自分の耳を疑った。

「お誕生日は、個人的に祝ってもらえればわたしはそれで十分だから」

 ……はいぃぃ!? 「個人的に」って誰に!? これはまさか、僕への誕生日プレゼントの催促なのか……!?
 よくよく考えたら、この頃には絢乃さんはすでに、僕のことが好きだったらしい。好きな人に誕生日を祝ってほしいというのは、何とも可愛らしいオトメ心ではないか!

「……会長、それって僕に対するプレゼントの催促ですか?」

 でもそのことには気づいていないフリをして、そこへズバッとツッコミを入れると、彼女は思いっきり取り乱していた。

「……ちっ、違うわよ!? 別におねだりしてるワケじゃ……。まぁ、くれるのなら嬉しいけど」

 ……やっぱり嬉しいんだ。僕は内心ニヤニヤが止まらず、「分かりました。善処します」とだけ答えた。

 そこで、はたと気づいた。これはバレンタインデーの話題へ持っていく絶好のチャンスなのではないかと。
 絢乃さんのお誕生日は四月三日(なぜ知っているかというと、IDカードに記載されているからである)。バレンタインデーは当然その前にやってくるのだ。

「ですがその前に、もうすぐバレンタインデーですよね」

 なので、話の流れも自然とその方向へ誘導することに成功した。