こんな状況なのに、僕には何もできなかった。あの親子との直接的な接点がないただの平社員の僕が出しゃばるところでもなかったし……。

 他の招待客たちに紛れて成り行きを見守っていると、加奈子さんがスマホで誰かに電話し始めて、しばらくしてから白手袋をした一人の初老の男性が会場に現れた。彼はどうやら、篠沢家お抱えの運転手らしく、加奈子さんと一緒に足元のフラつく源一会長を支えながらパーティー会場を後にした。
 でも絢乃さんはパーティー会場にひとり残ることとなった。途中退出されたお父さまに代わり、パーティーを締めなければならないからだろう。

「――桐島くん、大変なことになっちゃったね……」

 三人と入れ違いに、外の受付にいたはずの小川先輩が会場内に入ってきた。

「小川先輩!? いいんですか、受付にいなくて」

「うん。もう誰も来ないだろうし、奥さまに言われたから。絢乃さんは会場に残るから、後のことは彼女の指示に従うように、って」

「そうですか……」

「私、秘書なのに何もできなかった。会長のお体の調子がすぐれないっていうのは、社内でウワサになってたけど……。まさかお倒れになるくらいお悪かったなんてね」

 そのウワサなら、僕も耳にしたことがあった。それで合点がいった。絢乃さんと加奈子さんが会長を必死になって探し回っていた理由は、これだったのだ。

「ええ……。先輩、あんまり気落ちしないで下さい。今日のところはまだ、会長のお体の具合もそれほど悪くないみたいですし」

「うん……、そうだね。でも、奥さまも、もっと私に頼って下さったらよかったのに」

「…………はぁ」

 なぜか悔しそうな小川先輩。彼女はどうやら、会長の体調も心配らしいが、こういう時なのに自分が頼られなかったことが悔しくてたまらないらしかった。

「とりあえず、私もお腹すいたから適当に席見つけてゴハン食べとくわ。桐島くんは、これからどうするの?」

「僕は……、とりあえずお嬢さんのことが心配なんで、様子を伺ってきます」

 ――僕は絢乃さんを探して、会場内を歩き回った。彼女はステージに一番近い席に戻る途中、招待客につかまっては一人一人に(時には二,三人が固まってくることもあったが)状況を丁寧に説明していた。
 それにも疲れたらしい彼女は、やっと席に戻ると食事を始めたが、味なんか分からない様子で黙々と料理を口に運んでいるという感じだった。

 そんな様子の彼女を放っておけなかった僕は、どうにか彼女を元気づけたいと考えを巡らせた。
 彼女のいるテーブルへ向かう途中、デザートビュッフェの前を通りかかると、その中に美味しそうなフルーツタルトがあることに気づいた。
 実は僕もスイーツ男子で、甘いものには目がない。彼女もきっと、料理は食べられなくてもこれなら……。「甘いものは別腹」という言葉もあるくらいだし。