「もったいないお言葉、ありがとうございます。……もう、大丈夫ですね」

『――ではここで、本日より新会長に就任されました、篠沢絢乃さまよりご挨拶を賜ります。篠沢会長、お願いします!』

 僕が彼女の様子に安堵したのと、司会の久保に彼女が呼ばれたのはほぼ同時だった。彼女は僕に「大丈夫」と頷いてみせ、義母を伴って堂々と胸を張り、演台へ向かった。
 僕は久保へ向け、「グッジョブ!」と右手の親指を立てて見せた。絢乃さんの緊張が解れるまで進行を待っていてくれて、僕は彼に感謝している。

 演台での彼女のスピーチには、事前に原稿が用意されていなかったらしい。それでも、彼女ご自身の固い決意や、高校生の身で会長職を務めていく意気込みなどが熱意となって伝わってくるいいスピーチだった。
 会場にいらっしゃっていた株主や役員の方々は、最初こそ彼女のいで立ちにざわついていたが、彼女の生半可ではない覚悟を目の当たりにして熱心にスピーチに耳を傾けるようになっていた。途中に入った義母の挨拶も功を奏していたのだと思う。

『――みなさま、どうかわたしにお力を貸して下さい! これから、よろしくお願い致します! 本日はありがとうございました!』

 何より、彼女の演説にいちばん心を揺さぶられていたのはこの僕自身だった。
 様々なプレッシャーや緊張と闘いながら、それでも無事に挨拶を終えた彼女に向けて、僕は称賛の拍手を送った。それには彼女もすぐに気づいて下さったようで、その後会場中に波及していった大拍手に包まれながらステージ袖に戻って来られた彼女は僕に向かって、口の動きだけで「ありがとう」とおっしゃった。
 ……気づいてもらえてよかった。僕も嬉しくなり、頷いた後に笑顔でこう彼女を労った。

「お疲れさまでした」

 その時の彼女のキラキラした笑顔を、僕は今でも憶えている。それと同時に、彼女への想いを表に出すことなくあくまでも秘書として、「僕が彼女を支えていくのだ」と決意を新たにしたことも――。

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 ――株主総会の散会後、義母は社長や専務と打ち合わせがあるからとおっしゃってエレベーターホールで僕たち二人と別行動を取られ、僕と絢乃さんは二人だけでエレベーターに乗り込み、会長室へ向かうこととなった。

 好きな女性と密室で二人きり、というシチュエーションは、健全な成人男子にとってはかなりの誘惑になる。視覚では彼女の可憐な横顔に目を奪われ、嗅覚では彼女からほのかに香る柑橘系のコロンの香りが僕の鼻腔を惑わせていた。
 せっかく新たにした決意が、ここで早くも揺らぎそうになっていたのだ。