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――二階の大ホールに入ると、司会の席には同期の久保がいた。
「よう、桐島!」
「おー、久保! 久しぶり。――絢乃さん、加奈子さん。先に舞台袖の方へ行っていて頂いてよろしいでしょうか?」
僕は彼女と義母を遠ざけ、しばし総務課時代の戦友と話し始めた。
「今日の司会、お前が担当するのか?」
「そうなんだよ。そういや聞いたぞ! お前、今日から会長付の秘書やるんだって? どうりでいいスーツでばっちり決めてるワケだ」
「うっさいわ。そんなにいいスーツでもねぇよ。まぁ、新品なのは確かだけどな」
それでも、紳士服チェーンで量販されているスーツである。それまで着ていたスーツは酷使しすぎてくたびれてしまっていたので、秘書が着るにはふさわしくないと思い、思いきって新調したのだった。
「――それにしても、俺の再出発の場所がここなんて皮肉だよなぁ……」
「ああ、そういやこのホールだったっけ。先代会長がお倒れになったのって」
久保の言葉に、僕は複雑な気持ちで「うん」と頷いた。
このホールは奇しくもその三ヶ月ほど前に僕と彼女が出会った場所であり、義父が病に倒れた場所でもあった。
絢乃さんが会長として出発され、僕自身も彼女の秘書として再出発することになった場所が、義父の寿命を決定づけた場所でもあるとは……。運命とは何とも皮肉なものである。
「――じゃ、俺はそろそろ行くわ。久保、司会よろしく!」
株主総会の開会時間が迫ってきたので、僕はそこで久保と別れて絢乃さんたちと合流した。
「お待たせしてすみません。お二人のコートとバッグ、僕がお預かりしておきます」
「ありがと。――ねえ、あの司会の人って桐島さんの知り合いなの?」
脱いだ上着と荷物を預けながら、絢乃さんが僕に問いかけた。
「はい。久保っていって、僕とは同期入社なんです。総務課でも一緒に働いてたんですよ」
「総務課の……」
その時、絢乃さんの表情が曇ったことに僕は気づいた。でもまさか、彼まで僕と同じ目に遭っていたとは思ってもみなかったようである。彼女がそのことを知るのは、その二ヶ月半以上後のことだった。
『――みなさま、本日はお寒い中大勢お集まり下さいましてありがとうございます。ただいまより、緊急の株主総会を行います』
物々しく、ピンと張りつめた空気の中、久保の司会により臨時株主総会が始まった。
ふと絢乃さんの様子を窺うと、彼女は息をするのも忘れたように表情を強張らせ、制服のスカートの裾をグッと握りしめていた。どうやら極度の緊張と闘っているらしいと僕には理解できた。