彼女はお礼を言ってくれたが、案の定「どうして朝のうちに言ってくれなかったの?」とおかんむりの様子だった。
「すみません。なんか照れ臭くて……。僕自身、こういうシチュエーションにはあまり慣れてなかったもので」
これは紛れもない事実だったが、今思えば何とも聞き苦しい言い訳である。兄ならもっとうまく褒めることができただろうに。
彼女は長い沈黙の後に「そう」としか言ってくれなかった。半ば呆れていたのかもしれない。
会議の結果については、他に彼女の大叔父――つまり絢乃さんのお祖父さまの弟――という人も候補として立てられたが、多数決によって絢乃さんの会長就任が無事に決まったと興奮ぎみに教えてくれた。
どうも、途中までは雲行きが怪しかったらしいのだが、義父の同期で友人でもあった村上社長が絢乃さん側について下さったことで一気に形勢が逆転したのだとか。
「そうですか! おめでとうございます! 就任発表はいつですか?」
『明後日の株主総会で、正式に発表されることになったわ。というワケで、貴方もその日から秘書室の一員よ』
つまり、その日から僕にも正式に会長付秘書というポストが与えられる。――それまで宙ぶらりんだった僕のポジションが、この時キチンと定まったのだ。
「いよいよですね……。僕、全力であなたをお支えします! よろしくお願いします、絢乃会長!」
『ええ。一緒に頑張りましょう! よろしくね!』
――世間と、彼女に反発する親族たちを相手とする僕と彼女の戦いが、ここから本格的に始まった。
きっと彼女はこの先、世間から色々な意味で注目されるだろう。マスコミやメディアからの取材も殺到するだろうし、ネットニュースやTVのコメンテーターからは辛辣な意見を言われることもあるだろう。
そして何より、反対勢力からは嫌がらせを受けるだろうことも容易に予測できた。
まだ十代の彼女ひとりを盾にしたくない。盾なら俺がなってやる! 俺が彼女を守らないで、誰が守るんだ!? ――僕はこの時、俄然燃えていた。
****
――二日後。インターフォンで「今出るわ」と言った絢乃さんと義母を待っていた僕は、数分後に現れた彼女のいで立ちにハッとさせられた。
見覚えのある黒いウールのコートの裾から見えたのは、ダークグレーの膝丈のプリーツスカート。通学用のバッグを提げ、黒のハイソックスと黒のローファーを履いていることから、コートの中がスーツではないことが分かった。
「――おはよう、桐島さん」
僕に挨拶をしながら、車に乗り込むためにコートを脱ぎ始めた彼女は、赤茶色のブレザーの胸元に赤いリボンがついた学校の制服姿。
淡いピンク色のブラウスが何とも女子校らしいが、ボトムスにチェックではなく、赤いラインが一本だけ入ったシンプルなスカートを合わせているのが清楚で品がある。さすが名門校。
「すみません。なんか照れ臭くて……。僕自身、こういうシチュエーションにはあまり慣れてなかったもので」
これは紛れもない事実だったが、今思えば何とも聞き苦しい言い訳である。兄ならもっとうまく褒めることができただろうに。
彼女は長い沈黙の後に「そう」としか言ってくれなかった。半ば呆れていたのかもしれない。
会議の結果については、他に彼女の大叔父――つまり絢乃さんのお祖父さまの弟――という人も候補として立てられたが、多数決によって絢乃さんの会長就任が無事に決まったと興奮ぎみに教えてくれた。
どうも、途中までは雲行きが怪しかったらしいのだが、義父の同期で友人でもあった村上社長が絢乃さん側について下さったことで一気に形勢が逆転したのだとか。
「そうですか! おめでとうございます! 就任発表はいつですか?」
『明後日の株主総会で、正式に発表されることになったわ。というワケで、貴方もその日から秘書室の一員よ』
つまり、その日から僕にも正式に会長付秘書というポストが与えられる。――それまで宙ぶらりんだった僕のポジションが、この時キチンと定まったのだ。
「いよいよですね……。僕、全力であなたをお支えします! よろしくお願いします、絢乃会長!」
『ええ。一緒に頑張りましょう! よろしくね!』
――世間と、彼女に反発する親族たちを相手とする僕と彼女の戦いが、ここから本格的に始まった。
きっと彼女はこの先、世間から色々な意味で注目されるだろう。マスコミやメディアからの取材も殺到するだろうし、ネットニュースやTVのコメンテーターからは辛辣な意見を言われることもあるだろう。
そして何より、反対勢力からは嫌がらせを受けるだろうことも容易に予測できた。
まだ十代の彼女ひとりを盾にしたくない。盾なら俺がなってやる! 俺が彼女を守らないで、誰が守るんだ!? ――僕はこの時、俄然燃えていた。
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――二日後。インターフォンで「今出るわ」と言った絢乃さんと義母を待っていた僕は、数分後に現れた彼女のいで立ちにハッとさせられた。
見覚えのある黒いウールのコートの裾から見えたのは、ダークグレーの膝丈のプリーツスカート。通学用のバッグを提げ、黒のハイソックスと黒のローファーを履いていることから、コートの中がスーツではないことが分かった。
「――おはよう、桐島さん」
僕に挨拶をしながら、車に乗り込むためにコートを脱ぎ始めた彼女は、赤茶色のブレザーの胸元に赤いリボンがついた学校の制服姿。
淡いピンク色のブラウスが何とも女子校らしいが、ボトムスにチェックではなく、赤いラインが一本だけ入ったシンプルなスカートを合わせているのが清楚で品がある。さすが名門校。