それでも僕は、「ゆっくり休みなさい」という義母の言葉に従った。会議の結果は後から絢乃さんが知らせてくれると信じていたからだ。

「……分かりました。では、僕はこれで失礼します。絢乃さんが無事に会長に就任されることをお祈りしてますね」

 二人がエレベーターに乗り込むのを見届けてから、僕は自分の車に戻り、本社ビルを後にした。その後の時間の潰し方を考えながら――。

****

 ――代々木のアパートに戻り、カジュアルな私服に着替えてからはTVを観たり、自分で淹れたコーヒーを飲みながらスマホでゲームに興じたりして時間を潰していた。

 絢乃さんから電話がかかってきたのは正午少し前、ちょうど昼食にカップうどんを食べようと思い、ヤカンでお湯を沸かし直していた頃だった。

「――はい、桐島です。お疲れさまです」

 僕は通話ボタンをタップすると、スマホを持ったまま慌ててガスコンロの火を消しにキッチンへ戻った。

『桐島さん、朝はありがとう』

 開口一番の彼女のセリフに、僕は首を傾げた。この日の送迎(行きだけだったから〝送〟だけか)は前々から決まっていたことだったので、わざわざお礼を言ってもらうようなことではなかったはずなのだが。
 そして、心なしか彼女の声がオドオドしてるように聞こえた。

「どうしました? 会議で何かありました?」

 もしや、何か問題にブチ当たって会長に就任できなくなったのでは!? 僕は一瞬ヒヤッとした。が、次の瞬間電話から聞こえてきたのは、実に女の子らしくて可愛らしい質問だった。

『ううん、そういうワケじゃないんだけど。あの……、今日のわたしの服装とかメイクとか、どうだったかな……と思って……』

 ……なるほど、彼女も気になっていたのだ。この日の自分のコーディネートに対する、僕からの評価が。
 その頃にはすでに、僕は薄々彼女の僕に対する恋心には気づき始めていた。そりゃあ、好きな男からどんな風に見られているかは、どんな女性も気になるだろう。

『あっ、別に感想を催促してるとか、そんなんじゃないの! だからあんまり気難しく考えないでほしいんだけど……』

 そうして慌ててごまかそうとするところも、また微笑ましかった。彼女は僕が困っているとでも思ったのだろうか?

「……ああ、そういえばお伝えしてませんでしたっけ。ステキでしたよ。特に、大きなリボンのついたブラウスが可愛らしくて、絢乃さんによくお似合いでした。お化粧もなさってたんですよね。ちゃんと〝トップレディー〟らしく見えましたよ」

 口下手ながら、これは僕が精一杯頑張った褒め言葉だった。朝のうちに言えればもっとよかったのだろうが……。