「…………どう、って」

 兄は何が言いたかったのか、僕はリアクションに困った。

「だからさぁ、絢乃ちゃんはこの先、お前のボスになるワケじゃん? んで、お前は絢乃ちゃんに惚れてんだろ? だから秘書として、ボスに惚れてるっつうのは仕事に私情持ち込むことになるワケじゃん?」

 ドゥーユーアンダスタン? と人を小バカにしたように訊いてくる兄に、僕はカチンときた。

「……そんなことないって。つうか、なんでそこだけ外国人風なんだよ」

「そこで茶々入れんな。話脱線するだろが。――んまぁ、お前がそう言うんなら大丈夫だろうけど。お前カタブツだかんなぁ……。自分の気持ちが彼女を苦しめることになる、とか余計なこと考えてんじゃねぇかって兄としては心配なワケよ、オレは」

「…………」

 またも痛いところを衝かれ、僕はたじろいだ。まったく、変なところで鋭い兄である。
 僕が絢乃さんに恋をしていたことに、当時の彼女自身はまったく気づいていなかったらしい。確かに、仕事に私情を持ち込むのはよくない、ましてや上司と部下の関係ならなおさらだと僕は思っていた。
 だからといって、始まったばかりの恋を諦める気にもなれず、僕自身もさてどうしたものかと悩んでいるところだったのだ。

「そんなに悩まねぇで、もっと気楽に考えててもいいんじゃねぇの? 絢乃ちゃんだって、お前のこと迷惑だとは思ってねぇみたいだし」

「……それは……まぁ」

 確かにそうだ。僕に連絡先の交換を提案したのは彼女の方だった。それからも、彼女は僕からの連絡に返事をくれる時にはいつも嬉しそうで、こんな僕に弱音も吐いてくれた。迷惑に思っている相手に、そんな反応をするだろうか。
 だからといって、まさか彼女の方も僕に恋をしていたなんて思ってもみなかったが。僕はそこまでうぬぼれてはいなかったのだ。

「だろ? だったらさぁ、お前がただ想ってる分には彼女も迷惑じゃないんじゃねぇの? とりあえず、しばらくの間は」

「……だな」

 その頃は、本当にそのつもりでいたのだ。秘書として側にいながら、彼女のことを守っていようと。気持ちを表に出すことなく、ひっそりと思い続けていられたらそれだけで満足だと思っていた。
 だから、その約三ヶ月後に、まさか自分があんな暴挙に出るなんて考えもしなかった。

「――んじゃまぁ、オレはボチボチ帰るわ。また何かあったら連絡しろよ」

 食後の後片付けまでキチンと済ませてから、兄はアパートから実家へ引き揚げていった。
 僕はその後ひとりでコーヒーを淹れ、それを飲みながら絢乃さんとの関係について真剣に考えていたのだった。