「ですから、出しませんってば! これでも僕、常識はわきまえて――」
そう言いつつも、僕の目はバーカウンターのところにいる会長の元へ行く絢乃さんについつい行ってしまっていた。彼女はどうやら、お父さまを探し回っている途中だったらしい。
それに敏く気づいた加奈子さんが、僕にカマをかけてきた。
「あら? もしかして桐島くん、絢乃に恋しちゃったの?」
「…………」
僕はグッと詰まってしまった。ウソをつくのが下手な僕に、否定できるはずもなかった。
「…………はい、実は一目惚れしてしまったみたいで……。お嬢さんが高校生だなんて知らなかったもので」
「あら、いいのよぉ。あの子、初恋もまだなんだもの。桐島くんみたいな誠実そうな人が初めての恋人になってくれたら、親としてどれだけ嬉しいか。――あ、そうだわ!」
「……? 何ですか?」
「今日パーティーが終わったら、あの子を家まで送り届けるの、あなたに任せていいかしら?」
「はい!?」
加奈子さんのあまりにも突拍子のない提案に、僕は耳を疑った。
「あなたなら、下戸みたいだから車の運転も大丈夫そうだし。今日も車で来てるんでしょう? あなたがマイカー通勤してることは、ちゃんと知ってるわよ」
「……そうですけど」
僕がマイカー通勤していることも、下戸だから飲んでいないことも、どちらも紛れもない事実だった。
「それに、あの子との距離も一気に縮められるかもしれないわよ? あなたが一目惚れしたってことは、あの子には内緒にしててあげるから♪」
そう言って可愛らしくウィンクする加奈子さん。どうやら彼女は、僕のこの不毛な恋を後押ししてくれるつもりのようだった。
「はいっ! 奥さま、ご協力感謝します!」
「大げさねぇ。じゃあ頼んだわよ。――あら、あの人あんなところにいたわ。それじゃ、私はこれで」
加奈子さんは僕に手を振ると、バーカウンターで話しているご主人とお嬢さんの元へ行ってしまった。
篠沢家は、どうやら〝かかあ天下〟であるらしい。普段は会社で堂々たる風格を湛えていらっしゃる会長も、加奈子さんには頭が上がらないらしかった。加奈子さんに叱られている会長を見ていて、僕は何だか微笑ましい気持ちになった。
小川先輩は、会場内には現れなかった。途中から来られる招待客やその同伴者もいるので、その対応で忙しかったのだろう。――僕が小川先輩のことに気を取られていた、次の瞬間。悲劇が源一会長を、いや篠沢親子を襲った。
――ガタン! 何かが倒れる音に続いて、彼女と加奈子さんが会長に必死に呼びかけている声が聞こえてきた。
僕はすぐ近くにいたから、ハッキリと状況を掴むことができた。会長が倒れ、母娘が彼を必死に介抱しているのだと。
そう言いつつも、僕の目はバーカウンターのところにいる会長の元へ行く絢乃さんについつい行ってしまっていた。彼女はどうやら、お父さまを探し回っている途中だったらしい。
それに敏く気づいた加奈子さんが、僕にカマをかけてきた。
「あら? もしかして桐島くん、絢乃に恋しちゃったの?」
「…………」
僕はグッと詰まってしまった。ウソをつくのが下手な僕に、否定できるはずもなかった。
「…………はい、実は一目惚れしてしまったみたいで……。お嬢さんが高校生だなんて知らなかったもので」
「あら、いいのよぉ。あの子、初恋もまだなんだもの。桐島くんみたいな誠実そうな人が初めての恋人になってくれたら、親としてどれだけ嬉しいか。――あ、そうだわ!」
「……? 何ですか?」
「今日パーティーが終わったら、あの子を家まで送り届けるの、あなたに任せていいかしら?」
「はい!?」
加奈子さんのあまりにも突拍子のない提案に、僕は耳を疑った。
「あなたなら、下戸みたいだから車の運転も大丈夫そうだし。今日も車で来てるんでしょう? あなたがマイカー通勤してることは、ちゃんと知ってるわよ」
「……そうですけど」
僕がマイカー通勤していることも、下戸だから飲んでいないことも、どちらも紛れもない事実だった。
「それに、あの子との距離も一気に縮められるかもしれないわよ? あなたが一目惚れしたってことは、あの子には内緒にしててあげるから♪」
そう言って可愛らしくウィンクする加奈子さん。どうやら彼女は、僕のこの不毛な恋を後押ししてくれるつもりのようだった。
「はいっ! 奥さま、ご協力感謝します!」
「大げさねぇ。じゃあ頼んだわよ。――あら、あの人あんなところにいたわ。それじゃ、私はこれで」
加奈子さんは僕に手を振ると、バーカウンターで話しているご主人とお嬢さんの元へ行ってしまった。
篠沢家は、どうやら〝かかあ天下〟であるらしい。普段は会社で堂々たる風格を湛えていらっしゃる会長も、加奈子さんには頭が上がらないらしかった。加奈子さんに叱られている会長を見ていて、僕は何だか微笑ましい気持ちになった。
小川先輩は、会場内には現れなかった。途中から来られる招待客やその同伴者もいるので、その対応で忙しかったのだろう。――僕が小川先輩のことに気を取られていた、次の瞬間。悲劇が源一会長を、いや篠沢親子を襲った。
――ガタン! 何かが倒れる音に続いて、彼女と加奈子さんが会長に必死に呼びかけている声が聞こえてきた。
僕はすぐ近くにいたから、ハッキリと状況を掴むことができた。会長が倒れ、母娘が彼を必死に介抱しているのだと。