兄は僕の肩にひとつまみの塩をパラパラとかけ、パンパンと払い落としてから、「もう上がってよし!」とまるで飼い犬か何かに言うように言った。

「……兄貴、俺はワンコか」

 僕が半目になってツッコんでも、兄はどこ吹く風という顔でキッチンへとすっ込んでいった。
 まぁ、兄は普段からこういう感じなので、僕は大して気にもせずに黒いジャケットを脱ぎ、ワンルームの中央に鎮座している座卓の前に座った。そういえば、キッチンから何やらいい匂いがしていて、僕の空っぽの胃袋を刺激した。
昼食にと振る舞われた仕出し料理は食べた気がしなかったので、ものすごい空腹だったのだ。 

「お前、腹減ってんだろ? 晩メシ作っといたから、たまには一緒に食おうや」

 黒ネクタイを外して楽になった僕に、兄が気を利かせてそう言ってくれた。

「うん……。メシ、何作ったんだ?」

「今日()みぃし、ビーフシチューとポテトサラダ。あと米も炊いてある」

 兄はエッヘン、と胸を張ってそう答えた。さすがはプロの料理人である。
 彼の作る料理のレパートリーは和食、洋食、中華、インド料理に日本の家庭料理にと幅広い。味も保証付きだ。兄嫁(あね)(しおり)さんは現在、身重で家事が大変らしい。さぞかし助かっていることだろう。

「うん。腹減ってるし、食うよ」

 僕がそう言うと、兄はそうかそうかと嬉しそうに頷き、二人分の食事の用意を始めた。
 
「オレはビール飲むけど、お前はサイダーでいいか。下戸だもんな」

「……うっさいわ」

 どうやら、飲み物も持ち込んだらしい。が、頼むから弟の部屋で晩酌するのはやめてもらいたい。
 ちなみに兄は、篠沢家でもそれをやるつもりのようだ。ただし、この家でアルコールを(たしな)むのは義母だけなので(絢乃さんは未成年だし、僕は言わずもがなだ)、必然的に義母が相手をすることになるのだろう。

「……っていうか、何が悲しくて野郎二人でメシ食わなきゃいけねえんだよ。父さんと母さんは知ってんの? 兄貴がここに来てること」

 兄の作ってくれた料理を堪能しながら、僕がボヤいた。

「知ってる。っつうか、オレもお袋に頼まれたんだっつうの。貢が腹すかして帰ってくるだろうから、メシ作ってやってくれって」

「ふぅん?」

「つうかぁ、いいじゃんかよたまにはぁ。お前、彼女いねぇし。こんな日にひとりでメシ食うのもなんか味気ねぇじゃん?」

「やかましいわっ!」

 僕は痛いところを衝かれ、思わず吠えた。余計なお世話である。……確かに、兄と向かい合わせで食事するより、可愛い彼女に見つめられながら食べた方が気分はいいだろうが。

「――そういやお前、あのコのことはこれからどうすんのよ? ほら、例のお嬢さま」