「――ふぅん、あの時貴方、そんなこと思ってたの」

 僕のここまでの話を聞いて、絢乃さんはそんな感想を漏らした。

「はい。会長もお義母さまも、あの人たちには相当お怒りだったみたいですけど。僕も正直ムカついてました。ハッキリ言ってぶん殴ってやりたいくらいに」

 〝あの人たち〟というのは、言うまでもなく絢乃さんの会長就任に反対していた親族連中のことだ(妻の親族に何ちゅう言い草だろうかとツッコまれそうだが、こればかりは変えようがないのでご容赦(ようしゃ)願いたい)。
 さっきも言ったが僕は平和主義者で、暴力なんか大嫌いだが、そんな僕でさえ殴りたくなったくらいである。大事なご家族を亡くされたばかりで、親族からそんな仕打ちを受けたお二人の怒りは計り知れない。

 実は、彼らの絢乃さんに対する嫌がらせはこれで終わりではなかった。
 彼女が会長に就任してからしばらくの間、会社の、しかも会長室の固定電話に直通で親戚から彼女を非難したり、脅迫するような電話が毎日のようにかかってきていたことがあったのだ。その電話に応対していたのは主にお義母さまや僕だったのだが、その度に何とも不愉快な思いをしていた。
 そのうち、絢乃さん自身が応対されるようになり、彼女が「これ以上嫌がらせするようなら、警察介入も考える」と一喝(いっかつ)したことで、嫌がらせ電話はパッタリと収まった。

 絢乃さんは本当に強くなったと思う。僕の前で涙を見せたのは、僕からプロポーズされたあの時だけだった。
 でも、その強さの陰で彼女がどれだけの涙を隠してきたかを僕は知っている。新婚旅行先の神戸で、そのことを初めて打ち明けられたのだ。
 彼女は優しすぎるがゆえに、僕に涙を見せずにいたのだと。本当はものすごく繊細な心の持ち主なのだ。

「ぶん殴るっていうのは穏やかじゃないわね。でも、暴力に訴えなかったって言うのは立派だったんじゃない? よくガマンできたね」

「……僕はそんなに立派な人間じゃないですよ。買い被りすぎです」

「またまた、照れちゃってぇ! 貢がそう思ってなかったら、わたしかママの手が飛んでたわよ、きっと」

「あははは……。それ、めちゃめちゃあり得ます。特にお義母さまが」

 義母はとても子煩悩な母親であり、曲がったことが大嫌いな人でもある。ご自身は何を言われても構わないが、大事な一人娘の絢乃さんが攻撃されているとなれば、彼女を守るために手が出てもおかしくはなかったと思う。

「でも、手を出したらママもあの人たちと同レベルの人間になっちゃうからガマンしたのよ。ママの方が大人だったってことよね」