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――火葬場に着き、棺が炉に入れられるのを見届けると、社長はご家族と一緒に、来た時と同じ車でお帰りになった。
「――桐島くん、私は奥さまと絢乃さんにご挨拶してからタクシー呼んで帰るね。絢乃さんのことはあなたに任せたよ。……じゃあまた」
「はい。先輩、……今日はお疲れさまでした」
そう言って僕の肩をポンと叩いた小川先輩に、本当はお亡くなりになった源一会長への気持ちを訊きたかった。が、彼女だってつらいに違いないと思い留まり、僕は無難な挨拶だけを返すことにした。
そして先輩も引き上げ、総務課以外の会社の関係者もみんな帰っていき、親族一同と僕だけが火葬場に残った。この日はたまたま他の葬儀がなかったのか、それとも午後からしか入っていなかったのか、火葬場は篠沢一族の貸切り状態になっていた。
絢乃さんと加奈子さんも含めた親族一同はそのまま待合ロビー奥の座敷へゾロゾロと移動し、僕もそこに加わった。
座卓の上には高級そうな仕出し料理が並べられており、こういう淀んだ雰囲気の中でなければさぞ美味しく頂けただろう。が、この料理をつつきながらここで繰り広げられていたのは、何とも醜い骨肉の争い。阿鼻叫喚の場面だった。
「加奈子さん、アンタの婿さんもとんでもないことをしてくれたモンだな。死んだ人のことを悪く言いたかぁないが、篠沢財閥を思いっきり引っ掻き回してくれた挙句、後継者はこんな小娘なんて。ったく、何考えてたんだか」
「絢乃ちゃんはまだ高校生だろう? 会長なんて務まるのかね」
斎場で耳にしたような悪態をまだ同じように繰り出し、親族の数人が絢乃さんや加奈子さん、さらには源一会長のことまで非難し始めた。
言うまでもなく針の筵になっていたのは後継者として指名されていた絢乃さんで、彼女は肩身の狭い思いをしながら砂を噛むように食事をしていた。それでも時々、奥歯をグッと噛みしめているのが分かった。
横から母親である加奈子さんが必死に絢乃さんを擁護し、絢乃さん自身の目からも闘争心のカケラが窺え、彼女もまたお怒りの様子だった。どう見ても、穏やかではない光景。
僕は元々平和主義者で、争いごとがキライだ。兄とも口ゲンカくらいはするが、殴り合いになったことはない。兄も僕と同じで、暴力がキライだからだ。
ただ、この時の状況にだけはガマンがならなかった。グッと握りこぶしを作りつつも、絢乃さんが親族と諍いになるのも止めなければならなかった。それがあの場での、僕の任務だったから。
考えを巡らせた僕は、彼女をあの場から遠ざけることを思いついた。
「――みなさん、ちょっと失礼します。絢乃さん、席外しましょうか」