僕はしばらく受付にいて、弔問客から香典を受け取り、記名をしてもらう傍ら、ホールの入り口で一人ひとりに会釈をする喪主の加奈子さんと絢乃さんをチラチラ見ていた。
〝弔問客〟とはいっても、社葬なのでほとんどが会社やグループ本部の関係者だったのだが……。一人だけ、僕にも見覚えのある会社の関係者ではない人も参列していた。絢乃さんの親友である、中川里歩さんだ。
「――どうも、受付ご苦労さまです。お会いするの、クリスマスイヴ以来ですよね」
ダークグレーのコートを脱ぎ、シックなグレーのワンピース姿で香典袋を差し出した里歩さんは、受付に立っているのが僕だと分かるとかすかに微笑んでくれた。
「はい、お久しぶりです。今日は……絢乃さんに呼ばれて?」
その前日、絢乃さんは彼女に電話でお父さまのご逝去を告げた時に、大泣きしていたそうだ。その時に「葬儀に来てほしい」と頼まれたのかもしれない。
「ええ。周り、大人ばっかりだと息が詰まるだろうから、って。あたしが一緒にいた方があのコも安心するだろうし」
「そうですね。……それにしても、まさかこんな形であなたと再会するとは思ってませんでしたよ」
「……ねえ。あたしもビックリです。絢乃とは、もうお話しされました?」
「いえ。受付の方で手が離せなくて……。葬儀が終われば、チャンスはあると思うんですけど」
……「チャンス」って何のだよ。しかもあんな時に! 僕は心の中でそっとセルフツッコミを入れた。
「――じゃ、絢乃が待ってるんで、あたしはもう行きますね」
「あ、はい。本日はご参列ありがとうございます」
彼女はちょっと丸っこい字で記名を済ませると、僕に会釈してから絢乃さんたちのいる方へ行ってしまった。
弔問客を出迎える絢乃さんの目に、涙はなかった。よく見れば、目の縁が少し赤くなっているのが分かる程度。前日に号泣し尽くして涸れ果ててしまっていたのか、泣くまいと必死にこらえていたのか僕には分からない。もしも後者だったとしたら、その気丈な振舞いは痛々しすぎた。
――弔問客が途切れ、受付が落ち着き始めた頃、ふと絢乃さんと目が合った。三ヶ月ほど前と同じ光景だったが、違うのはあの時はお父さまの祝いの場だったのにこの日はそのお父さまの死を悼む場だったことだ。
……抱きしめたい。深い悲しみの中で必死に踏ん張っていた彼女を、その小さな体に、重責を背負うことになった彼女を。思わず理性をすっ飛ばし、そんな衝動に駆られかけた。
でも、僕は彼女の恋人でも何でもなかったので、それは叶わないと悟り、彼女とそっと目礼を交わすだけで精一杯だった。
〝弔問客〟とはいっても、社葬なのでほとんどが会社やグループ本部の関係者だったのだが……。一人だけ、僕にも見覚えのある会社の関係者ではない人も参列していた。絢乃さんの親友である、中川里歩さんだ。
「――どうも、受付ご苦労さまです。お会いするの、クリスマスイヴ以来ですよね」
ダークグレーのコートを脱ぎ、シックなグレーのワンピース姿で香典袋を差し出した里歩さんは、受付に立っているのが僕だと分かるとかすかに微笑んでくれた。
「はい、お久しぶりです。今日は……絢乃さんに呼ばれて?」
その前日、絢乃さんは彼女に電話でお父さまのご逝去を告げた時に、大泣きしていたそうだ。その時に「葬儀に来てほしい」と頼まれたのかもしれない。
「ええ。周り、大人ばっかりだと息が詰まるだろうから、って。あたしが一緒にいた方があのコも安心するだろうし」
「そうですね。……それにしても、まさかこんな形であなたと再会するとは思ってませんでしたよ」
「……ねえ。あたしもビックリです。絢乃とは、もうお話しされました?」
「いえ。受付の方で手が離せなくて……。葬儀が終われば、チャンスはあると思うんですけど」
……「チャンス」って何のだよ。しかもあんな時に! 僕は心の中でそっとセルフツッコミを入れた。
「――じゃ、絢乃が待ってるんで、あたしはもう行きますね」
「あ、はい。本日はご参列ありがとうございます」
彼女はちょっと丸っこい字で記名を済ませると、僕に会釈してから絢乃さんたちのいる方へ行ってしまった。
弔問客を出迎える絢乃さんの目に、涙はなかった。よく見れば、目の縁が少し赤くなっているのが分かる程度。前日に号泣し尽くして涸れ果ててしまっていたのか、泣くまいと必死にこらえていたのか僕には分からない。もしも後者だったとしたら、その気丈な振舞いは痛々しすぎた。
――弔問客が途切れ、受付が落ち着き始めた頃、ふと絢乃さんと目が合った。三ヶ月ほど前と同じ光景だったが、違うのはあの時はお父さまの祝いの場だったのにこの日はそのお父さまの死を悼む場だったことだ。
……抱きしめたい。深い悲しみの中で必死に踏ん張っていた彼女を、その小さな体に、重責を背負うことになった彼女を。思わず理性をすっ飛ばし、そんな衝動に駆られかけた。
でも、僕は彼女の恋人でも何でもなかったので、それは叶わないと悟り、彼女とそっと目礼を交わすだけで精一杯だった。