――クリスマスパーティーの日、僕が帰宅した後に源一会長は絢乃さんにも遺言を遺されたらしい。
 翌日からは容態が悪化し、ついには出社もままならなくなったのだと、僕は村上社長から聞いた。仕事納めを三日後に控えた年の暮れのことだった。社長には加奈子さんから連絡があったそうだ。

『――もう、主人は助からないと思う。会社として、覚悟はしておいてほしい』

 加奈子さんは電話で、憔悴(しょうすい)しきったような口ぶりでそうおっしゃったらしい。
「会社として覚悟をしておいてほしい」というのはつまり、「来るべき日に備えて会社としての準備をしておけ」ということだ。簡単に言えば、社葬の準備ということになる。

 グループの会長が亡くなると、必然的に葬儀・告別式は社葬という形になる。絢乃さんの祖父にあたる、源一会長の先代もそうだったと聞いたことがある。
 それ相応の準備が必要となるので、会長の死期がいよいよ迫ったとなった時に段取りを整えなくてはならない。何だか会長の死を待っているような感じがして僕個人はイヤだったのだが、会社やグループの方針なので従うほかなかった。

 源一会長の社葬は、僕が当時所属していた総務課が仕切ることになった。
 僕はまだ籍こそ総務課に残っていたが、実質的には秘書室業務の研修も始まっていたので、会長の葬儀・告別式が総務課最後の仕事となった。

「――課長、お話があります」

 仕事納めの前日、僕はそれまで転属のことを隠してきた事実を島谷課長に打ち明けることにした。
 いくら嫌がらせを受けていた相手とはいっても、上司であったことに変わりはない。いずれ分かることだったとしても、この人に黙ったまま転属するのは筋が通らないと思ったのだ。

「課長もお気づきかもしれませんが、僕は会長の葬儀の後、新会長が決まり次第異動することに決まりました」

「異動……? そうか……」

 小会議室でデスク越しに僕と向かい合った彼がショックを受けていたのかいなかったのか、僕は記憶にない。もしもショックを受けていたとしたら、都合のいいオモチャが一人いなくなることに対してだったのではないかと思う。

「はい。人事部の秘書室へ。実はもう研修も始まってまして、新会長が就任したら、籍もそちらに移されることになってます。ですから、会長の葬儀での奥さまとお嬢さんの送迎担当が僕のこの部署での最後の業務となります」

 実は、葬儀の日に加奈子さんと絢乃さんが乗られる社用車の運転業務は、僕自ら志願した。
 当事者として最後の最後まで源一会長と、残されるお二人に関わりたいという考えのもとにそう決めたのだった。