「――何でしょうか? 僕に話というのは」

 僕の方から訊ねると、会長は少し難しい顔をなさってこう切り出された。

「実はな、桐島くん。まだ絢乃には話していないんだが……、私はもう長くないらしいんだ。無事に年を越せるかどうかも分からない。――安心しなさい、加奈子はもう知ってる」

「え……、そんなにお悪いんですか?」

 ショックのあまり、僕が問いかけると彼は大きなため息とともに頷かれた。

「主治医は私の学生時代の友人なんだがね、彼が教えてくれたんだ。それに、私の体のことは私自身がよく分かってるさ。下手にウソをつかれたところで、もう先がないことは覚悟できてる。……ただ、絢乃はまだ子供だから、この事実を打ち明けるのはあまりにも酷だ。まあ、いずれは告げなければとは思ってるがね」

「そう……ですね」

 絢乃さんだって、お父さまが亡くなるまで知らなかったよりは、ちゃんと事実を知ったうえで、ある程度覚悟を決めていた方がダメージは小さくて済むだろう。
 ただ、彼女がこの事実を受け止め切れるかどうか、という心配はあったのだが……。

「実はもう遺言状も作ってあってね、絢乃を後継者に指名してあるんだ。取締役会で承認を得られれば、あの子が次期会長となる。――そこで、君に頼みたいことがあるんだが」

「……はあ」

「君には、絢乃の支えになってやってほしい。どういう形でかは、君に任せよう」

「え……? どういう……ことでしょうか?」

 彼の思いがけない頼みごとに、僕は戸惑った。これは、秘書として彼女を支えてほしいということなのか、それとも一人の男として彼女の精神的な支えになってほしいということなのか……。

「家内の親戚筋の中には、絢乃が会長になることを快く思わない連中が必ずいる。あの子が精神的苦痛を受ける場面も少なからず出てくるだろう。そういう時、君にはあの子の一番の味方になってほしいんだ」

「それは構いませんが……、どうしてその務めを僕が?」

 一番の味方、ということなら、加奈子さんの方が強力ではないだろうかと僕は思った。彼女は篠沢家の現当主である。発言力も強い。僕のような部外者――それも会社のイチ社員でしかない僕なんかに、果たして務まるのだろうか。

「あの子は……、絢乃は君のことを信頼してるようだからね。この意味が分かるかな?」

「……はあ、何となくは」

 彼のおっしゃり方があまりにも遠回しで抽象的だったので、僕は分かったような……分からなかったような。
 どうしてあの時分からなかったのだろう? 源一会長が、絢乃さんの僕への恋心にお気づきになっていたのだと。