「――はい、ここがリビングです! さ、入って入って!」

 そんな緊張でガチガチの僕の背中を、絢乃さんはリビングの入り口からグイグイと中へ押し込んだ。

「パパー、桐島さんが来てくれたよー!」

 そしてまだ痛々しいくらいのカラ元気で、お父さまに僕を引き合わせた。クリスマスイヴという楽しい日に、辛気臭くなることを避けたのだろう。

 源一会長はお嬢さんに「おう」と軽く手を挙げ、しっかりとした足取りで僕と絢乃さんの方へ歩いてきた。
 抗ガン剤の副作用で毛髪が抜けてしまい、ニットキャップを頭に被った源一会長は、この頃には相当弱っていたはずだ。もういつどうなってもおかしくないほどに。

 それでも、僕が招かれたお礼のついでに体調を訊ねると、「今日は君のおかげで調子がいい」と冗談で返され、僕はリアクションに困ってしまった。
 絢乃さんはそんな僕を見かねてか、「桐島さんを困らせちゃダメ!」とお父さまをたしなめて下さった。
「冗談だから聞き流してくれて構わなかった」と言われても苦笑いしていた僕をご覧になって、源一会長は愉快そうに笑っていらした。
 こんなに(ほが)らかな様子の会長を見たのは初めてだったかもしれない。僕もつられて笑い出した。

 会長への挨拶をひととおり済ませた僕は、会場であるリビングの中を見回した。
 窓際には百五十センチくらいの高さのクリスマスツリーが飾られており、壁にはクリスマスをイメージしたタペストリー、窓ガラスにもトナカイやクリスマスリースをかたどったステンドグラス風のステッカーが貼られていた。
 元々リビングに置かれていたローテーブルとは別に、ダイニングから運び込まれてきたとおぼしきテーブルまで置かれ、どうやらここに料理や絢乃さんお手製のケーキが並ぶらしいと僕も理解した。

 リビングには源一会長を始め、加奈子さんと絢乃さん、六十歳にほど近い年齢と思われる一人の女性――家政婦の史子さんと、絢乃さんと同世代くらいのショートボブの髪型をした長身のボーイッシュな女の子がいた。
 
「――あ、そうだ。そろそろケーキがいい感じに冷えてきた頃だと思うから、持ってくるね」

 絢乃さんがリビングを出ていくと、その女の子もソファーから立ち上がってフラッと彼女についていった。

「――桐島くん、今ならちょうどいいな。君と少し話したいんだが、いいかな?」

 絢乃さんがいないタイミングで、会長が僕をご自身が座られているソファーの側へ手招きした。

「……えっ? はあ」

 僕はその場に残っていた加奈子さんや家政婦さんのことを気にしていたが、二人は僕と会長の話に聞き耳を立てるつもりはないようだったので、会長は構うことなく僕に話しかけてこられた。