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「――いやー、島谷さんが来られなかったのは残念だが、彼には君のように若くて頼もしい部下がいたんだなぁ。まぁ飲みたまえ。さ、遠慮しないで」
「すみません。僕、アルコールだめなんです。本当に申し訳ないんですが」
会場に入り、ビュッフェで料理を選んでからテーブル席に着くや否や、僕を待ち受けていたのは他の上役たちからの「飲め飲め」攻撃だった。
うちの会社に、こんなにも呑兵衛が多いとは思わなかった。パーティー会場内にはすでにアルコールの匂いが充満しており、飲めない僕でも酔いそうなくらいだった。
「このパーティーの料理はどれも美味いだろう? 一流ホテルの料理人がわざわざ出張で腕を振るってくれてるらしいからな」
「……はぁ。美味しいです……」
味なんか分かるもんか。酔っ払いに絡まれながら食べたって、食べた気がまったくしなかった。ここでどんなものを食べていたのか、僕は今も思い出せない。
それどころか、ストレスで胃がどうにかなりそうだった。
「もう帰りたいなぁ……」
ウーロン茶を呷りながら、この日もう何度目かというため息をついた、ちょうどその時だった。
僕の横を、柑橘系の爽やかな香りをフワッと漂わせながら、彼女が通り過ぎたのは。
身長は百六十センチ前後だろうか。ヒールの高い靴を履いていたので、もう少し高く見えた。茶色がかった長い髪には緩くウェーブがかけられており、淡いピンク色の膝下丈のドレスの上から黄色い上着を羽織っていた。
僕の姿に気づいた彼女は、ニッコリ笑って僕に会釈してくれた。僕も慌ててお辞儀で返したが、その時に彼女と目が合った。
ちょっと下がりぎみの眉にクリッと大きな目、長い睫毛、スッと通った鼻筋に、申し訳程度にピンク色のグロスが塗られたまだあどけなさの残る唇――。
可愛い……。僕は彼女から目が離せなくなっていた。何とも恥ずかしいことに、僕は彼女に一目惚れしてしまっていたのだ。
〝美人〟というよりは、〝可愛い〟というにふさわしい印象だったので、まだ未成年だろうということは予想できた。もちろんウチの社員ではないだろうことも。
ということは、彼女は出席者の身内。もちろん、家族同伴で出席していた人も少なからずいたが、気になったのは彼女から漂うタダモノではないオーラ。
もしかして、彼女は――。
「――そこのキミ、さっきウチの絢乃に見惚れてたでしょう?」
不意に中年女性の上品な声がして、僕は肩をポンと叩かれた。ハッとして振り返ると、そこにいたのはウェーブのかかった長い髪の四十代前半くらいの女性。――彼女は平社員の僕もよく(顔だけは)知っている人物だった。
「も……っ、もしかして、会長の奥さまですか!?」
僕に声をかけてこられたのは、なんと会長夫人の加奈子さんだった。