僕はいたたまれなくなり、お屋敷の中を所在なさげにキョロキョロと見回した。
 玄関を上がってすぐのところに広いキッチン――もはやこれは〝厨房(ちゅうぼう)と呼ぶべきか――があり、ダイニングがあり、その隣がリビングルーム。ここだけで一体何畳分の広さがあるのか。
 ちなみに部屋数も相当なもので、その各部屋ごとにバスルームや洗面所・トイレなどの専用の水回りが付いているというのだから驚きである。

 ……すごい家だなぁ。僕みたいな一般庶民はこの家に不似合いではないだろうか? 不安になった僕は、絢乃さんに自虐も交えて訊ねた。

「いいんでしょうか? 僕なんかがこんなお屋敷のパーティーに呼ばれて。場違いじゃないでしょうか?」

 話題に困ると自虐に走るのは、僕の社会人になってからの悪いクセである。今でこそ絢乃さんのおかげでだいぶ改善されはしたが、それでも完全に治ったわけではなく、時たまこのクセはひょっこり顔を出すことがある。

「何を気にしてるのかと思えば、そんなこと?」と、彼女はまた苦笑いして、この日のパーティーは身近な人しか()んでいないホームパーティーなのだから、気にする必要はないと僕に言った。
 彼女の服装も、赤のハイネックニットにグレーのノースリーブワンピースを重ねたカジュアルスタイル。初めて会った夜のドレス姿が印象的だったので、初めて見る彼女の私服姿は新鮮だった。

「それに、わたしにあなたを招待してほしいって頼んだのはパパなのよ」

「……えっ、会長が僕を?」

 その日初めて知った衝撃の事実に、僕の思考は一瞬止まった。
 何でも、絢乃さんもお父さまに受診を勧めたのが僕だったのだと話したそうで、「直接会ってお礼が言いたいから」と僕を招ぶように彼女に頼んだのだとか。

「そうなんですか……」

 彼女からその話をしたのが、僕よりも先だったのか後だったのかは分からないが、もしかしたら彼は確信していたのではないだろうか。
 この僕が絢乃さんを愛していることも、絢乃さんが僕に恋をしていたことも……。

「パパも今日は具合がいいみたいで、もうリビングにいるはずよ。桐島さん、心の準備はできてる? まぁでも、そんなに緊張しなくて大丈夫だから」

「はい。……多分、大丈夫です」

 そう答えた僕の笑顔は引きつっていたらしい。
 源一会長とは会社で一度立ち話をしたことがあったが、彼の自宅に招かれてじっくり話をする機会はこれが初めてだった。
 本来は雲の上の存在。何か失礼があってはいけないと、気を張りつめていたからだろう。