『――はい、どなた様でございましょう?』

 応答してくれたのは絢乃さんでも加奈子さんでもない、ちょっと年配の女性の声だった。その丁寧な口調からして、住み込みの家政婦さんだろうか。
 今思えば、あの声は間違いなく家政婦の安田(やすだ)史子(ふみこ)さんの声だった。

「あの……、こんばんは。僕は篠沢商事の社員で、桐島といいます。こちらの絢乃お嬢さまからご招待を頂きまして」

 誰からの招待かなんて、言う必要はなかった気もするが。とりあえず、怪しい者ではないと証明したかったのかもしれない。

『お嬢さまが……。少々お待ち下さいませ』

 その一言の後、しばらく待っていると、突如声の主が変わった。

『桐島さん! よく来てくれたわね。どうぞ、上がって。――車は、車庫のどこに停めてもらっても構わないから』

「えっ、絢乃さん!?」

 何てことだ、絢乃さん自らインターフォンに出て下さるなんて! しかも、訪問者が僕だと分かったので、わざわざ家政婦さんに代わってもらったらしい。
「お言葉に甘えて」と答えた僕の声は、完全に舞い上がっていた。

****

 ――篠沢邸の車庫は、敷地の広さに比例して大きい。普通乗用車なら軽く七,八台は停められそうな広さで、そこにはすでに三台の車が停まっていた。

「へえ……、停まってる車は意外と庶民的なんだなぁ」

 一台はあの寺田さんが運転を任されているであろう黒塗りの高級車センチュリーだったが、あとの二台は源一会長が運転されていたであろう紺色のレクサスのセダン(ちなみに右ハンドルだった)と、多分家政婦さんの持ち車であろう白のコンパクトカーだった。
 
 僕は一番お屋敷に近い一画にマークXを停め、玄関を目指したのだが……。広い敷地の中で少し迷ってしまい、玄関まで辿り着くのに五分近くかかってしまった。

「――桐島さん! いらっしゃい!」

 僕を笑顔で出迎えて下さった絢乃さんに、僕ははにかみながら、それでも少し緊張しながら招待して頂いたお礼を言った。
 彼女は僕に「そんなに固くならないで」と苦笑いしつつ、スリッパに履き替えた僕をパーティー会場であるリビングへ案内して下さった。

 ……絢乃さん、ムリに明るく振る舞ってるな。――僕の目には、彼女の明るさがかえって痛々しく映った。
 源一会長の体調は、この頃にはすっかり弱っていた。会社内で時たまお見かけするだけだった僕ですら見ていてつらかったのに、その人の子供である彼女がそんな父親の姿を見て心を痛めていなかったはずがない。父親を心から尊敬していた、優しい彼女ならなおさらそうだったろう。