これらの服は僕の部屋に元々置いてあったものではなく、兄がこの日のために買ってきてくれた。僕のセンスなら、このチョイスはあり得なかった。
 アルバイトをいくつも掛け持ちして働くフリーターであり、将来自分の店を出すために貯金もしていた兄にはかなりの負担だったことだろう。兄には申し訳なかったと今でも思っている。

「お前だって、絢乃ちゃん……だっけ? そのコにカッコいい自分を見てもらいたいと思ってるだろ? 駐車場に停まってる新車のシルバーのマークXだって、そのために買ったんだろ?」

「う…………。そりゃあ……まぁ」

 兄には、僕の彼女への想いがバレバレだった。面と向かってその話をした憶えはなかったはずなのだが……。さすがは恋愛に関しては百戦錬磨の兄である。

「せっかく招待して頂いたんだし、失礼があっちゃいけないしな」

 でも、一応は建前でこう答えておいた。絢乃さんへの純粋な恋を、兄にイジられるのはゴメンだったからだ。

「お前は素直じゃねぇなあ……。ま、いいや。せっかくの招待だし、楽しんでこいよ」

「うん。じゃあ行ってくる。――兄貴、今日は来てくれてありがとな。ムリ言ってゴメン」

「いいってことよ。二人っきりの兄弟じゃん?」

 面倒くさいところもあるが、やっぱり僕はこの兄を嫌いになれない。尊敬の念も抱いているし、頭が上がらないし、ついつい頼ってしまう。
 僕と絢乃さんが付き合えることになったのも、兄のおかげだった。……ただ、調子に乗られるとまた面倒くさいので、あえて本人には言わないが。

 僕はアパートの外階段を下りると、紺色のダッフルコートの襟を掻き合わせて近くの駐車場へ向かった。
 その日は雪が降るかもしれないと、天気予報でも言われていた。曇り空の下、凍えるような寒さの中で、自然と足取りも速くなっていた。
 買ったばかりのマークXも、この日絢乃さんに見てもらいたかった。これが僕の決意の証だと。
 まさか本当に雪が降るとは思っていなかったので、スタッドレスタイヤには変えていなかったが、念のためタイヤチェーンはトランクに積んであった。
 
 僕はリモコンでロックを外し、深呼吸をしてからハンドルを握った。

****

 ――篠沢邸のゲートは、いつ見ても立派で圧倒される。この家の一員となった今でも、僕はまだ萎縮してしまう。
 高さも幅も、いわゆる〝門〟というカテゴリーに収まりきれないくらい大きい。
 そのレンガ造りのゲートの一画に「篠沢」と彫られた高級感漂う表札と、カメラ付きのインターフォンが取り付けられている。
 一旦車外に出た僕は、緊張で震える右手の人差し指で呼び鈴のボタンを押した。