ある日、彼女にそのことを電話で伝えたところ、「会社辞めちゃうの?」とひどく驚かれた。きっとまだ高校生だった当時の彼女には、仕事の引継ぎ(イコール)退社手続きという考え方しかできなかったのだろう。
 でも、退職するのではなく、異動のための引き継ぎなのだと僕が言うと、彼女は安心されたようだった。

 絢乃さんと出会ったあの夜から、僕の中から「篠沢商事を辞める」という選択は完全に消えたのだ。彼女の支えになるためなら、どんなにつらい思いをしても会社に残ってやるのだと固く決意したのだから。それは単なる僕の意地だったのかもしれないが……。

 それに、僕はその少し前に新車のセダンに買い換えたばかりだったので、ローンの返済額も少し増えていた。そこで職を失ったら、路頭に迷うだろうことは明白だったのだ。

 ただ、転属先については正式に決まるまでは彼女に伝えなかった。あんな時期に不謹慎かもしれないが、サプライズにしたかったという気持ちもあった。
 けれど、伝える日が来なければいいのにとも思っていた、だってそれは、彼女のお父さまがこの世を去られる日でもあったからだ。

 ――それはさておき、彼女からクリスマスイヴに行われる篠沢家のホームパーティーに招待されたのは、イヴを十日ほど先に控えた寒い日のことだった。

『――桐島さん、突然で申し訳ないんだけど、クリスマスイヴの予定って空いてるかしら?』

 僕の帰宅後にかかってきた電話で、彼女は開口一番にそう訊ねてきた。

「イヴですか? ――はい、空いてます。僕は彼女もいませんし、これといって予定は何もないですし」

 独身、彼女ナシ。しかも下戸でもある男のクリスマスイヴなんて、ただ暇を持て余すだけの日である。酒でも飲めれば話は別だが、飲めないヤツを好き好んで野郎同士の飲み会や合コンに誘い、場を白けさせたいもの好きはまずいないだろう。少なくとも、僕の周囲にそんな友人は一人もいなかった。

『そう? よかった!』

「よかった……って?」

 ……何が「よかった」のだろう? 僕は小首を傾げた。まさかその当時は、絢乃さんも僕に好意を持ってくれているなんて夢にも思っていなかったのだ。

『あ、ううん! こっちの話。……あのね、イヴにウチでクリスマスパーティーをやろうってことになったんだけど。よかったら貴方も来てもらえないかなぁと思って』

「クリスマスパーティー、ですか?」

 家でやるというからには、ホームパーティー程度の規模だろうと分かりそうなものだが。いかんせん篠沢家が名家なので、一般的なホームパーティーとは違うだろうと僕は勝手に思い込んでいた。