「実は……、僕は近々転属を考えてまして。部長にご相談したいのはそのことなんです」
「転属? 希望部署はもう決まっているのかね?」
相談内容がパワハラ問題のことではないと分かり、山崎部長は少々ホッとされているようだった。
だいぶ後になって分かったことなのだが、僕自身も被害に遭っていたパワハラ問題は、山崎部長にとっても頭の痛い問題だったらしい。
「はい。一応、秘書室への転属を希望してます」
「秘書室かね。よかったら理由も話してもらえないかな」
「はあ……。実は個人的な理由なんですが……、絢乃お嬢さんのためなんです」
理由を訊かれ、ウソをつくのが下手な僕は正直に打ち明けた。こんなことで見栄を張っても仕方ないし、バレた時に恥ずかしい。
「絢乃お嬢さんの……? ということは、一昨日の夜に会長がお倒れになったことと関係があるんだね?」
「お察しのとおりです。絢乃お嬢さんから伺ったんです。源一会長は末期のガンで、もってあと三ヶ月の命だと……。それで、不謹慎な話で申し訳ないんですが、源一会長の後継者は絢乃お嬢さんお一人だけなんですよね? 僕はお嬢さんに恩があるので、そのご恩に報いるには秘書室への異動が最善の方法なんじゃないかと思ったんです」
「なるほど……。事情は分かったよ。それで、いつまでに籍を移したい?」
「そこまではまだ……。できるだけ早い方がいいですが、絢乃お嬢さんの会長就任が決定するまでに間に合えば。僕自身も総務課で仕事を抱えてますし、途中で放り出すようなことはしたくないので」
それをやってしまうと、僕も島谷課長と同じレベルの人間に成り下がってしまう。絢乃さんに幻滅されたくなかったので、絶対にそうはなりたくなかった。
「……分かった。では秘書室長の広田くんとも相談して、なるべく早くこの話を進めよう。決まり次第、返事は君の部署へ内線電話で知らせるから、今日のところは君も業務に戻りなさい」
「はい。お時間を割いて下さってありがとうございました」
僕は入室した時と同じく山崎部長に頭を下げ、部長室を後にした。
「――とりあえず、一歩前進かな」
この段階で僕にできそうなことはすべてやった。あとは機が熟すのを待つだけだった。
****
――総務課に着いた時は、始業時間である九時のギリギリ三分前だった。
「おっす、久保! 昨日の合コンどうだった?」
「おはよ。ちきしょー、惨敗だったぜ……。――つうか、お前どこ行ってたん?」
久保が訊いてきたので、「人事部」と手短に答えた。すると彼もすぐに分かってくれたらしく、「ああー」と相槌を打っていた。
「転属? 希望部署はもう決まっているのかね?」
相談内容がパワハラ問題のことではないと分かり、山崎部長は少々ホッとされているようだった。
だいぶ後になって分かったことなのだが、僕自身も被害に遭っていたパワハラ問題は、山崎部長にとっても頭の痛い問題だったらしい。
「はい。一応、秘書室への転属を希望してます」
「秘書室かね。よかったら理由も話してもらえないかな」
「はあ……。実は個人的な理由なんですが……、絢乃お嬢さんのためなんです」
理由を訊かれ、ウソをつくのが下手な僕は正直に打ち明けた。こんなことで見栄を張っても仕方ないし、バレた時に恥ずかしい。
「絢乃お嬢さんの……? ということは、一昨日の夜に会長がお倒れになったことと関係があるんだね?」
「お察しのとおりです。絢乃お嬢さんから伺ったんです。源一会長は末期のガンで、もってあと三ヶ月の命だと……。それで、不謹慎な話で申し訳ないんですが、源一会長の後継者は絢乃お嬢さんお一人だけなんですよね? 僕はお嬢さんに恩があるので、そのご恩に報いるには秘書室への異動が最善の方法なんじゃないかと思ったんです」
「なるほど……。事情は分かったよ。それで、いつまでに籍を移したい?」
「そこまではまだ……。できるだけ早い方がいいですが、絢乃お嬢さんの会長就任が決定するまでに間に合えば。僕自身も総務課で仕事を抱えてますし、途中で放り出すようなことはしたくないので」
それをやってしまうと、僕も島谷課長と同じレベルの人間に成り下がってしまう。絢乃さんに幻滅されたくなかったので、絶対にそうはなりたくなかった。
「……分かった。では秘書室長の広田くんとも相談して、なるべく早くこの話を進めよう。決まり次第、返事は君の部署へ内線電話で知らせるから、今日のところは君も業務に戻りなさい」
「はい。お時間を割いて下さってありがとうございました」
僕は入室した時と同じく山崎部長に頭を下げ、部長室を後にした。
「――とりあえず、一歩前進かな」
この段階で僕にできそうなことはすべてやった。あとは機が熟すのを待つだけだった。
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――総務課に着いた時は、始業時間である九時のギリギリ三分前だった。
「おっす、久保! 昨日の合コンどうだった?」
「おはよ。ちきしょー、惨敗だったぜ……。――つうか、お前どこ行ってたん?」
久保が訊いてきたので、「人事部」と手短に答えた。すると彼もすぐに分かってくれたらしく、「ああー」と相槌を打っていた。