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 ――その日も、普段どおりに(つまりは課長の無理難題やら何やらに追われて)どうにか終業時間を迎えた。

「桐島ぁ、今日このあと日藤(にちどう)物産の女子社員との合コンあんだけど、お前も行く? 可愛いコ揃ってるらしいぜ♪」

「悪いけど俺パス! 久保、また明日な!」

 能天気な同期の誘いを蹴り、僕はさっさとエレベーターで地下駐車場へ向かった。一刻も早く、絢乃さんの声が聞きたかったのだ。……というか、彼女いるんじゃなかったのか!?

 僕は元々、合コンというヤツが好きではない。自分は何の取柄もない男だと思っていたから、合コン受けするとも思えなかったし、そもそも「とにかく誰でもいいから彼女が欲しい!」とがっつく方でもなかったのだ。飲めない人間が飲み会に参加すること自体、むなしいことはないのではないだろうか。
 それに、絢乃さんの精神状態が心配で合コンどころではなかったし。彼女以外の女性と親しくしたいという希望もなかったし。

 そんなわけで、自分の車に乗り込むとすぐにスーツの内ポケットからスマホを取り出し、前日に交換したばかりの絢乃さんの携帯番号に電話をかけた。

『――はい、絢乃です』

 電話に出た彼女の声は、思っていたより落ち着いていた。僕宛てにメッセージを送ってからだいぶ経っていたので、気持ちが少し落ち着いていたのかもしれない。が、やっぱりお父さまの病状を知ってすぐはかなり動揺していたのだろう。

「絢乃さん、桐島です。メッセージ、読ませて頂きました。『連絡してほしい』とあったので、お電話を」

 僕がそう言うと、彼女は僕の仕事のことを心配して下さった。よくよく聞けば、彼女は僕からの電話を受けるまで、時間の経過にすら気づいていなかったのだそうだ。
 それほどまでに彼女が茫然自失になっていたのかと思うと、僕の胸は苦しくて張り裂けそうだった。
 現実と言うのはなんて残酷なのだろう。こんなにショッキングな事実を突きつけられたら、もし僕が彼女の立場だったとしても、とても受け止められそうもない。

 僕は彼女の気持ちを少しでも和ませたくて、「本当はメッセージを頂いてすぐにでも、仕事も放りだして連絡したかった」と言ったのだが。真面目な彼女はそれをそのままの意味で受け取り、僕は「仕事はちゃんとしなきゃダメ」と叱られてしまった。
 でも、彼女の声色がそれほどきつくなかったのは、僕のユーモアを理解してくれたからだろう。……と僕は解釈した。

「――そんなことより、絢乃さんのお父さまのことですよ。末期ガン……なんですって? それはショックだったでしょうね」

 できるだけ同情的にならないように、僕は本題を切り出した。僕自身、湿っぽいのはキライなのだ。