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――午後の仕事が始まって三十分ほど後、僕のスマホに絢乃さんからのメッセージが受信した。
本当は電話にしたかったのだが、僕が仕事中であったことを考慮してメッセージにしたのだろう。そんなところからも、彼女の濃やかで優しい人柄が窺えた。
きっと、お母さまからお父さまの病名を告げられたので、僕にも知らせようと思い立ったに違いない。――そこまでは僕にも予想ができたが、それはただの義務感からかもしれないとも思い、彼女の僕への好意には気づかなかった。
文面を開いた僕は、そこが職場であることも忘れて茫然となった。
―― 〈桐島さん、さっきママから連絡がありました。
パパは末期ガンで、余命はもって三ヶ月だそうです。ショックです。
ガンって苦しいんでしょうね……。パパの苦しみを考えただけで、わたしは胸が張り裂けそうです。さっき、泣いちゃった。
このメッセージに気が付いたら、何時でもいいので連絡下さい。 絢乃〉 ――
「――余命三ヶ月!? ウソだろ……?」
イチ社員でしかない僕があれだけのショックを受けたのだ。実のお嬢さんである彼女が受けたショックはどれほど大きかっただろう。
源一会長はその前日に、四十五歳のお誕生日を迎えられたばかりだった。そういえば、絢乃さんのお祖父さまにあたる先々代会長の篠沢宗明氏も、その三年前に六十代後半でこの世を去られたのだが、それはともかく。
奥さまの加奈子さんもまだお若いし、絢乃さんに至っては当時まだ現役の高校生だった。源一会長だって、そんなに年若くして加奈子さんを未亡人にしてしまうことや、絢乃さんが自分亡き後に背負っていく苦労を思うとつらくてたまらなかっただろう。
僕は仕事なんて途中で放り出して、すぐにでも絢乃さんの元へすっ飛んでいって慰めてあげたかった。僕がついていることで、少しでも彼女の心の癒しになれたらと思った。
けれど、絢乃さんは優しい反面、思いのほか厳しい人でもあった。この日の夕方電話をした時、このことを打ち明けたら「お仕事はちゃんとしなきゃ」とのお叱りを受けてしまったのだ。
そもそも、当時の僕は彼女の恋人でも何でもなかったので、彼女を慰めるなんておこがましいことはできそうもなかった。
それに……、スマホに気を取られている間の、島谷課長からの視線がグサグサと痛いほど突き刺さってので、僕は仕方ないと肩をすくめて仕事に集中しようとした。
そして、翌日にでも早速、人事部長のところへ転属の相談に行こうと決心していた。