「……ホントごめん。んーと、さっきの質問の答えなんだけどね。ウチの部署は元々少ない人数で回してるんだけど、年内いっぱいで社長秘書の人が寿(ことぶき)退職されることが決まってて。だから空きはあるのよ。……それに」

「それに?」

 僕が首を傾げて問うと、先輩は急にまた深刻そうな表情になった。

「私、もしかしたらもうすぐ会社辞めるかもしれないから……。だから桐島くんが来てくれるなら安心かな、って。ウチには男性の秘書もいるし、広田(ひろた)室長も歓迎してくれると思うよ」

「……えっ!? 先輩、辞めちゃうんですか!? まさか、先輩も僕みたいに嫌がらせを?」

 僕が考え直すことに決めた〝退職〟という道を、思いがけず彼女の口から聞いてしまった僕は気が動転してしまった。とっさに、その原因として自分と同じくパワハラを思い浮かべてしまうと、即座に「違う違う!」と否定された。
 ちなみに、広田妙子(たえこ)さんという女性が秘書室長で、小川先輩の上司である。

「ちょっと事情があってね。まぁ、女には色々あるものよ。だから野暮(ヤボ)なこと訊くのはやめてね」

「…………」

 やっぱり、先輩は会長との間に、僕が知る由もなかった何かがあったらしい。
 ……まさか不倫!? と思ったが、僕が学生の頃からよく知っていた彼女は他人様の男性(モノ)()るような人ではなかった。
 ましてや、妻子ある会長と不倫なんて論外だ。()()加奈子さんを敵に回して?

「やだなぁもう! そんな暗い顔しないで? まだホントに辞めるって決めたワケじゃないんだから」

 いつの間にやら、僕までつられて深刻な顔になっていたらしい。見かねた先輩が僕を安心させようと、いつもの明るい様子で僕に世話を焼いてくれた。

「桐島くん、ラーメンだけじゃ体力もたないでしょ? ただでさえハードワークしてるんだし。私の唐揚げあげるから、これもう食べちゃって」

「えっ、いいんですか? でもそれ、先輩のおかずじゃ……」

 ビックリして彼女のトレーを見れば、メインの唐揚げはほとんど手つかずで、それ以外のごはんや味噌汁・小鉢のお浸しやポテトサラダはきれいに平らげられていた。

「いいからいいから。私もうお腹いっぱいだし、早く自分の席の戻んないと。奥さまからの連絡、もうすぐあると思うから。――じゃね」

「……分かりました。そういうことなら、ありがたく頂いときます」

 僕が唐揚げの皿を引き寄せると、先輩は満足そうにトレーを手に、席を立って行った。
 
 昼休みはまだニ十分くらい残っていたが(ウチの会社の昼休みは正午から午後一時までの一時間である)、僕は課長への意地もあり、早く食べ終えて部署に戻り、仕事を再開しようと思った。