僕は慌てて弁解した。絢乃さんへの下心が、僕にまったくなかったかと言えばウソになる。が、彼女の方から連絡先交換を言い出してくれたのも事実だった。

「何をそんな慌ててんの? 桐島くんがウソつけない人だってことくらい、私だって知ってるってば。――そっか、絢乃さんの方からねぇ……」

「……はあ」

 小川先輩は、何やら面白がってニヤニヤしていた。今にして思えば、女性同士だから絢乃さんの僕への気持ちにもピンと来ていたのかもしれない。

「先輩は、会長についてて差し上げなくていいんですか? 会長、今日は病院で検査を受けられるんでしたよね?」

「うん、そうなんだけど。私も一緒に行きたかったんだけどね、奥さまからお電話で頼まれたの。『夫の検査が終わったらキチンと一番最初に連絡するから、あなたは会社で待機してて』って」

「そうだったんですか……」

 僕は頷きながら、「いや、一番最初に連絡する先は絢乃さんだろうな」と思った。

 それにしても、会長のお話をされる時の、彼女の(もの)()げな表情が僕には気になって仕方がなかった。
 その真相を知ったのは翌年の夏のことだったが、彼女が会長に対して何か複雑な感情を抱いていただろうことだけは薄々感じていた。

「――それで? 桐島くん、この会社辞めるって言ってた件はどうするの? あなたこの非常事態に、それどころじゃないでしょ」

「はい。ですから退職じゃなくて、転属も視野に入れてるんですけど……。あの、秘書室って、今のところ人員に空きあります?」

 この状況は、あの時の僕にとってはまさに〝渡りに船〟だった。秘書室への転属も考えていたところに、僕のよく知っている秘書室所属の人物が現れるとは。

「う~ん、私に訊かれてもなぁ……。でもどうして?」

「あー、えっと。秘書室に異動することも考えてるんで、一応念のために」

 もちろん、万が一のことがあり、絢乃さんが会長に就任することになった時のことを考えて、である。が、それはまだ口に出して言うべきではないと思い、僕はあえて言わなかったのだが。

「ふーーん? ねえ、それって絢乃さんのためでしょ?」

「…………ブホッ!」

 先輩からあからさまに指摘され、ラーメンをすすっていた僕は盛大にむせた。お冷を一気に飲み干してどうにか落ち着くと、彼女を正面から恨めしげに半目で睨んだ。

「ああ、ゴメン! 図星だった?」

「先輩ぃぃぃぃ~~~~」

 やっぱり彼女は、後輩である僕の反応を見て面白がっているようだった。会長の容態を案じていた時の沈み込んだ表情はどこへやら、まったくもって喜怒哀楽の激しい女性である。