「はい……、そうなんですよ。この会社、これから一体どうなるんでしょうか」

「まぁ、会長が直接経営されとるわけでもなし。何も変わらんよ。――じゃ、今日もしっかり働いてくれたまえ」

 普段と何の変りもなく、バシバシと僕の肩を叩く課長に、僕は無性に腹が立った。
 この危機感のなさは何なんだろうか? そして多分、彼の性根はこの先も一生変わることはないのだろうと、僕は悟った。

「――おっす、桐島。あの課長、もうダメだな」

 自分の席に着いて仕事を始めると、同期の久保がやれやれと肩をすくめて僕にそう呟いた。

「久保、お前もそう思うか? あれは一生直らねぇな」

 僕も彼に同調してため息をついた。そして、異動への決意はますます固まっていくばかりだった。
 こうなればもう、あのパワハラ上司にも、総務課という部署にも未練はなかった。久保や他の同期・同僚には申し訳ないという気持ちもあるにはあったが、僕には彼らよりも絢乃さんの方が大事だったから。

「――なあ久保。俺さ、近々部署変わろうと思ってんだけどさ」

「異動? あれ、会社辞めたがってたんじゃなかったっけか?」

 一番馬の合う同期である彼にボソリと打ち明けると、彼は怪訝(けげん)そうに眉をひそめた。
 彼に直接「会社を辞めたい」と話したことはなかったはずだが、あれだけあちこちで「辞めたい」とグチっていれば、いつ彼の耳に入っていてもおかしくはなかった。

「うん……。そうだったんだけど、ちょっと事情が変わっちまってな。辞めはしないけど、転属はしようかと思ってんだ」

「ふぅん、そっか……。で、転属先はもう決めてあんの?」

「……いや、それはまだこれから考えようかと」

 転属を考え始めたのは、その日の前夜だったのだ。どこの部署に異動するかまでは考えが及ばなかった。
 絢乃さんが会長に就任するとして、彼女の一番身近にいられる部署はどこだろう? そう考えると、小川先輩の所属している人事部秘書室が真っ先に浮かびそうなものだが……。

「つうかお前、パワハラのこととかって人事部には相談したのか? 転属するとなったら、絶対そこは突っ込まれるぞ?」

「分かってるけど、相談しに行ったら課長の耳に入るかもしんないじゃん? そうなるとまた面倒なんだよなぁ」

 もしそうなってしまった場合、正式に異動が決まるまでの間に嫌がらせがエスカレートする恐れがあったのだ。そして多分、僕一人が被害を(こうむ)るだけではなく、そのとばっちりは他の同僚にも行くだろうことも分かっていた。

「ま、心配すんなって。そこんとこは人事部がどうにかうまく処理してくれるだろうからさ」