「ご一緒に病院へ行かれたところで、絢乃さんがお父さまのご病気を代わって差し上げられるわけじゃないでしょう? あなたが普段通りに過ごされる方が、お父さまも安心されるんじゃないですか?」

 僕は彼女の兄になったつもりで、彼女を諭した。が、途中から何だか自分でも説教臭いことを言っているなと思ったので、とっさに「……と、僕は思うんです」と取ってつけたように付け足して言った。
 ちなみに蛇足だが、僕は二人兄弟の二番目で、弟や妹はいない。

 彼女からの返事はなかったので、フォローの意味も込めて、次にはこう言った。

「もちろん、これはあくまでも僕個人の考えで、お父さまが本当にお考えかどうかは分かりませんけど。僕があなたの父親だったら、多分そうだと思います」

 僕はまだ親という立場になったことはない。が、もし将来僕自身が親になり、自分が当時の彼女くらいの子供を残して死んでしまうかもしれないとなったら、きっと源一会長と同じようなことを望むだろう。
 自分の命が尽きた後も、我が子には幸せな人生を歩んでほしい。そのためにも、自分の病のことで思い詰めないでほしい、学生時代の友人たちと有意義な時間を過ごしてほしい、と。

『うん……、そうね。そうかもしれないわ』

 彼女はやっと、僕の意見に納得してくれたようだった。翌日検査が終わったら、加奈子さんが連絡してくれる。だからちゃんと学校へ行って、おとなしく連絡を待つことにする。――彼女は腹を括ったようにそう言った。

「そうですね。その方がいいです。まあ、絢乃さんも落ち着かないでしょうけど、まずはご病気で苦しんでらしゃるお父さまを安心させて差し上げて下さい」

 落ち着かないのは仕方がないことだったろう。親が重病かもしれないのに、平然としていられるほど彼女は冷たい人間ではないはずだ。父親との関係が(かんば)しくないということもなかった。

『うん、そうするわ。桐島さん、ありがとう』

 ちょっと言い方が冷酷すぎたかな……と、僕は少し後悔していたのだが。彼女にお礼を言われたことで、救われた気がした。彼女は僕の意見を、キチンと前向きに助言として受け取ってくれたようだったから。

『――じゃあ、そろそろ切るわね。お風呂にお湯を張ってるところだったから。桐島さん、おやすみなさい』

 唐突に、彼女は少し焦り始めた。どうやら入浴前に電話を下さったらしく、バスタブのお湯がいっぱいになりかけていたようだ。
 僕も一応、オトコである。それまでの二十ウン年の間に、まぁそれなりに恋愛もしてきていたので、十代の女の子の入浴シーンを想像して興奮してしまうほど女性に()えていたわけではない。