僕がそのことをさりげなく伝えると、彼女は「知らなかった」と驚いていた。

「実はそうらしいんです。絢乃さんはご存じなかったんですね」

『ええ……』

 後から知った事実だが、源一会長はお家では仕事についての話をほとんどされていなかったそうだ。特に、社員や役員の個人情報は加奈子さんにも絢乃さんにも絶対にお話しされなかったのだという。彼女がご存じなかったのも無理はない。
 経営者――それも大企業のトップともあろう人が、社員の個人情報をペラペラと漏らしまくるほど口が軽いのもどうかと思うのだが……。その点では、口の堅い源一会長は優秀な経営者だったといえる。

 ――話が脱線し始めたので、僕は本題に戻した。

「――で、どうでした?」

 絢乃さんがお話しされた後、会長がどういう反応をされたのか。その後どうすることにしたのか。僕はそれを彼女に訊ねた。

『あ、うん。早速明日、大学病院でお友達の内科部長さんに診てもらうことになったって。わたしも付き添って行きたかったんだけど、「学校があるでしょ」ってママに止められちゃった』

 彼女からの答えに、僕は胸を打たれた。

 自分のたった一人の父親が重病かもしれないと分かったら、学校へ行くどころではない、父親の側についていたいと思うのは娘として当然のことだったろう。彼女は心優しい人だから、なおのことお父さまが心配で仕方なかったと思う。
 けれど、彼女はまだ高校生だった。果たして、父親の病名や余命を告知された時、正常な精神状態が保てるのだろうか? ……僕にはそのことが心配だった。加奈子さんにつらく当たるかもしれないという懸念(けねん)もあった。
 それに、義務教育ではないにしても、学生の本分は学業である。きっと学校にはお友達も大勢いただろうし、普段どおりに学校でお友達と過ごされた方がきっと彼女のためにもいいだろう。加奈子さんもそう考えたのだと僕は思った。

 なので、僕もあえて一人の大人として彼女を諭すことにした。

「そうなんですか……。絢乃さんもお父さまのことご心配でしょうけど、お母さまはあえて心を鬼にして、そうおっしゃったんだと思います。ですから、お母さまのことを恨まないで差し上げて下さいね」

『それは……、わたしだって分かってるけど……』

 彼女はちょっと不満そうにそう言った。どうやらお母さまを恨むつもりはなかったようだが、僕がご自分の味方についてくれるだろうとは思っていたようだった。
 僕だって、感情に流されていたら彼女に同調していたかもしれない。けれど、ここは心を鬼にして、彼女には現実を見つめてほしいと思ったのだ。