「――ところで貢。副社長就任の話、引き受けてくれてありがとね」

 彼女はそう言って、僕に深々と頭を下げた。実は結婚式の日に、僕は会長である彼女から副社長の任命を受け、それを引き受けることに決めたのだ。
 すでに秘書室主任の役職には()いていたものの、やっぱり会長の夫は役員である方がいいということになり、義母である加奈子さんの助言もあって、彼女は僕を副社長に任命することにしたのだそうだ。

「いえ、とんでもないです。僕に務まるかどうかは分かりませんが、精一杯務めさせて頂きます」

「またそんなに畏まっちゃって。大丈夫よ、村上社長もいるんだし。貴方は肩肘張らないで、気楽に考えてればいいのよ。形式上の肩書なんだし」

「……そうでしたね」

 副社長として僕がすべきことは、村上社長のサポートが主なところである。他はこれまでとほとんど変わらないのだから。
 ちなみに四月から経営体制が少し変更され、これまで村上社長が兼務されていた常務と、山崎人事部長が兼務されていた専務には別の幹部が任命されている。

「わたしは、貴方がついててくれるだけで頼もしいんだから。秘書として、また副社長として、これからもよろしくね」

「はい」

 僕と彼女の間は、もちろん夫婦として男女の絆で結ばれているが、それ以前に仕事上の信頼関係がしっかりと根付いているのだ。

「――あ、そうそう。僕、さっき給湯室にいた間、絢乃さんと出会った頃のこと思い出してたんですよ」

 僕はおやつタイムを楽しみながら、先ほどまでの回想について話した。

「……それ、わたしも十日前にやってたよね。結婚式の前に」

「ハイ、そうでした」

「いいのいいの。貴方には貴方の感じ方があったはずだもん。わたしにも聞かせてほしいなぁ。ねえ、どの辺りまで思い出してたの?」

 彼女が目を輝かせて、僕に話の続きをせがんできた。

「えーと、絢乃さんと出会った夜。あなたをお家まで送り届けてから、兄に『会社は辞めないことにした』と電話で宣言したところまでですかね。――でもいいんでしょうか? こんなにゆっくり話なんかしてて」

「いいの! 今日はまだハネムーン休暇が明けて初日だし、急ぎで処理しなきゃいけない案件もないから」

「……そういうことでしたら、続きは絢乃さんにもお付き合いいただくということで」

 ――そして、今度は彼女も一緒に、僕はまた回想を始めた。