こうして僕と彼女は無事に連絡先の交換を終え、彼女は改まって僕にもう一度お礼を言った。

「桐島さん、……今日は色々と、ホントにありがとう」

「お礼なら、さっきも言って頂きましたよ?」

 僕はそんな彼女が微笑ましくていとおしくて、笑顔でそう返した。
 彼女はこんなにも大きな家の跡取り娘として生まれ育ったにもかかわらず、偉そぶらずに常に謙虚で、人に対する感謝の気持ちを忘れない人なのだろう。すごく立派な女性だ。……僕は素直にそう思って、彼女のことをますます好きになっていた。

「お父さまとお母さまに、よろしくお伝え下さい。じゃあ、僕はこれで。絢乃さん、おやすみなさい」

「……うん。おやすみなさい」

 彼女に挨拶をしてから、僕は車に乗り込んだ。ルームミラー越しに、彼女が僕の車を見送ってくれている姿が見え、僕の心は見事に(わし)(づか)みにされた。もちろん彼女に計算なんてなく、無意識にだったのだろうが、男にとって好きな女性からのこの行動はたまらない。逆に計算でやっていたのなら、彼女はそうとうあざとい女性だということになるのだが。

 ――代々木へ向かう途中の路肩に一旦停車し、僕は兄に電話をかけた。

「――もしもし兄貴。俺だけど」

『おう、貢じゃん。どした? 今日は上司の代わりにパーティーに出るっつってたんじゃなかったか?』

 まるで〝オレオレ詐欺〟みたいな第一声になってしまったが、兄はそこにはあえてツッコまなかった。

「うん、そうだよ。今帰りなんだけど、実は今日、大変なことになっちまってさ……」

 僕は兄に、会長がお倒れになったことや、絢乃さんと知り合って、とある事情から彼女をお家まで送り届けたことなどを話した。――ただ、彼女に恋をしたことだけは言わずにいた。兄はゴシップ好きなので、色々と突っ込んで訊かれると面倒なのだ。

『――お前、そんな大変なことになってんなら、会社辞めるどころじゃねえじゃん? これからどうすんだよ?』

 兄には、今日にでも「会社を辞めさせてほしい」と会長に直談判するつもりだったことは話してあったのだ。

「そのことなんだけどさ、……俺、会社辞めないことにした。この先、俺にしかできないことが見つかるかもしんないから」

『…………そっか。なんかよく分かんねえけど、とにかくオレもホッとしたわ。まぁガンバれよ!』

「うん、サンキュ。じゃあ切るよ。おやすみ」

 僕は兄に礼を言って、電話を切った。
 兄も僕のことを心配してくれていたので、新たな決意を報告できてよかった。これで兄も両親も、とりあえずは安心してくれるだろう。そう思った。

 僕にしかできないこと――。とりあえず部署を異動することは決めていたが、具体的に彼女のために何ができるのかは、異動先が決まってから考えようと思っていた。