次に彼女が言ったことは、「桐島さんに車で送ってもらってる」というようなことだった。お母さまからどうやって帰っているのか問われていたのだろう。
 そして僕の思い違いでなければ、加奈子さんは彼女にわざとそんな質問をしたのだと思う。
 ……なぜなら。

「うん……? どういう意味?」

 次の瞬間、彼女が困惑していたからだ。きっと、お嬢さんが僕に送ってもらっていることを冷やかしたかったのだろう。加奈子さんが面白がっていたことは、直接会話を聞いていなかった僕にも手に取るように分かった。

「……そう?」

 加奈子さんはうまくはぐらかしたのだろう。絢乃さんは疑問形で返事をしていた。明らかに納得していないようだった。
 僕は運転に集中するフリをしながら、内心ではホッとしていた。
 彼女は僕に約束して下さったとおり、僕が絢乃さんに一目惚れしたことや、実は鼻の下を伸ばしていたことをお嬢さんに内緒にしていて下さったのだ。……もちろん、僕自身からもそんなことは口が裂けても言えなかった。

「――うん。じゃあ切るね」

 絢乃さんは、帰宅したらご両親に大事な話があるからというようなやり取りをした後、通話を終えた。「電話ではちょっと」と言っていたので、お父さまに受診を勧めたいという話のことだろうと僕にも分かった。

「――お母さまは、何ておっしゃってたんですか?」

 助手席で大きく息を吐いた彼女に、僕はそう訊ねた。彼女は少し顔色が冴えなかった。あんな内容の電話では、さぞ気が重かったのだろう。僕は加奈子さんが絢乃さんに余計なことを言わなかったのかということよりも、絢乃さんご自身の精神面が心配でならなかった。

「あ……、『帰ってきたら詳しく話聞かせて』って。パパは今のところ、顔色もよくなってきてるみたい」

 彼女はそう言って少し笑顔を見せてくれたが、顔色は正直だった。一時的に容態が落ち着いていたとしても、それは気休めでしかないのだと彼女には分かっていたのだろう。

 他にどんなことを言われたのか訊ねてみると、「桐島くんによろしく」と言われた、という答えの後、僕が加奈子さんとどんな話をしていたのかという質問返しに遭った。

「それは……ノーコメントで」

 僕はとぼけることで、その答えとした。彼女を好きになったことは、僕だけの胸の中にしまっておこうと思った。
 彼女がこの先、重いものを背負っていくことになるのなら、僕も一緒に背負っていこう。僕が彼女の支えになろう。たとえ、彼女に迷惑だと思われても。それが僕自身の自己満足でしかなかったとしても、きっと僕は迷わずそうしていただろう。