「……それって、どんな条件ですか?」

 僕はハラハラしながら、眉をひそめて訊ねた。「これだけは絶対に譲れない」というからには、相当厳しい条件なのでは……と不安になったのだ。
 ……ところが。

「長男じゃないこと。それだけよ」

 彼女の答えは、非常に簡潔で単純なものだった。僕は彼女の目の前だというのに、脱力してしまった。
 ……さっきまでの緊張感は一体何だったのだろうか? まったく心臓に悪いが、ホッとしたのも事実だったので。

「なぁんだ、そんなことか……。なんか、力抜けちゃいました」

 僕は強張っていた表情を和らげたが、彼女は「そんなこと」という言い方にムッとしたようで、篠沢家にとってはそれが一番大事なことなのだと力説していた。
 何でも、加奈子さんが当時はまだイチ社員に過ぎなかった源一会長を婿に迎えたように、一人娘である絢乃さんも婿を取り、将来的には家を継がなくてはならないから、相手は長男以外でなければならないのだそうだ。

 そこで、「好きになって交際までしていた相手が『婿入りできない』と言ったらどうするのか」と訊くと、「その時は、残念だが相手のことを諦めるしかない」と彼女は悲しげに答えた。

「はあ……。大変なんですね、名家って」

 彼女が背負っていかなければならないものは、あまりにも大きい。そこに婿入りする男にもまた、それ相応の覚悟が必要なのだろう。……僕は(うめ)くようにそう呟いて、自分の将来を(うれ)いた。
 万が一僕が彼女と結婚することになったら、僕は果たして、婿として彼女の重荷を一緒に背負っていけるのだろうか……と。
 もちろん、先のことなんてどうなるかまだ分からなかったし、そうなると決まっていたわけでもないのだが。――実際、この一年後には結婚どころか、僕と彼女の仲が崩壊寸前に陥ったこともあったくらいだ。
 
「大変……なのかしら? わたしはまだ恵まれてる方だと思うけど」

 けれど、僕の呟きを聞いたらしい彼女は首を傾げてこう言った。セレブの中には、生まれた時から結婚相手が決められている人も少なからずいる。だから、相手を自分で決められる自分はまだマシな方なのではないか、と。

 後から知ったことだが、彼女にはまだ幼い頃から政略結婚の話が舞い込んできていたらしい。それもご両親からではなく、よく知りもしない親戚から。
 ご両親はむしろ政略結婚には否定的で、絢乃さんが将来本当に愛する人と結婚できるようにと、その縁談をことごとく断ってくれていたのだという。