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 しばらく沈黙が続いた後、外の景色を眺めるのにも飽きてきたらしい彼女が、僕に質問を投げかけてきた。

「――ねえ、桐島さん。貴方のこと、教えてくれない? ご家族のこととか、今住んでるところとか」

「……はあ」

 チラッと助手席を振り返って見れば、彼女は体ごと僕の方を向いていた。「人と話をする時は、相手の方をちゃんと向くように」とお母さまから(しつ)けられていたのだろう。もしくはお父さまから。

 彼女はどうして僕の家族のことや、住んでいるところに興味が湧いたのだろう? 僕なんて本当にどこにでもいそうな、何の魅力もない平凡な男なのに。
 疑問には思ったが、興味を持ってもらえたことは嬉しかったので、僕は身の上話を始めた。

「えっと、家族は両親と僕と、四歳上の兄の四人です。住んでるのは渋谷(しぶや)区の代々木で、僕は入社してからは実家の近くのアパートでひとり暮らしをしてます」

 ひとり暮らしの話までしたのは、今思えば下心も多少はあったに違いない。高校生相手に何を考えてるんだと自分でも呆れるが、健全な成人男子というのは()てしてそういうものである。こればかりは男の(さが)なので、如何(いかん)ともしがたいのだ。

 その答えに頷いた彼女は、今度は家族の職業を訊いてきた。
 僕自身のことはもちろん、僕の家族のことまで知りたがる理由はこの後明らかになったのだが、その当時の僕はそれを彼女の冗談だと思っていた。

「父は、大手メガバンクで支店長を務めてます。母は専業主婦ですけど、結婚前は保育士だったそうです。兄は……フリーターで、アルバイトを三ヶ所くらい掛け持ちして働いてます。調理師免許を持ってて、将来は自分の店を出したいって言ってます」

 兄とは決して仲が悪いわけではない。むしろ、社交的で何事にも積極的な兄のことを、僕は羨ましいとさえ思っている。女性にもモテるので、昔から恋人が途切れたことがない人だった。できればその恋愛テクニックと料理の腕は、ぜひとも伝授してもらいたかったくらいだ。
 ただ、僕がかつてバリスタを目指そうと思っていたことを逆手に取って、「将来は兄弟でイケメン喫茶やろうぜ!」としつこく誘ってくるところだけは、今でも正直ウザいと思っている。そこさえ除けばいい兄貴なのだが。

 彼女は父の職業を知り、僕の誠実そうなところはきっと父譲りでしょうと言った。
 父のことは、僕も尊敬している。出世に目がくらんだ政略結婚などではなく、母と恋愛結婚し、地道にコツコツと信用を勝ち取って今の地位にいる父は、たたき上げの銀行マンと言っていい。願わくば、僕も業種こそ違うが父のようでありたいと思う。
 そんな父のことを褒めてもらえて、僕は心から嬉しかった。