でも、口に出して言えば彼女が気にするだろうと思い、僕は「そうですよね」と相槌を打った。
 ただ、この軽自動車だけは正直ミスったかな……という後悔は拭えなかった。せめてこういう事態が想定できていたなら、やっぱり父のセダン車を借りてくるべきだった。

「でも、絢乃さんに乗って頂くのに、こんな車じゃちょっともったいないですよね。自分で買ったんですけど、ケイじゃねぇ……。もっといい車にすればよかったかな、と思って」

 バツ悪く肩をすくめた僕に、彼女は「自分で車を買っただけでもスゴい」と言ってくれた。

 確かに、僕と同世代、もしくはもっと下の年代では、車を購入すること自体ハードルが高いのかもしれない。レンタカーで済ますか、親のスネをかじって買ってもらうかのどちらかだろう。僕のように軽が買えればいい方ではないだろうか。

 でも僕は、そのどちらもイヤだった。就職が決まった以上は自立すべきだから、親のお金をアテにしたくなかったし、だからといって毎日レンタカーというわけにもいかない。
 自分自身の当時の経済状況を(かんが)みて、とりあえずは軽に甘んじたが、軽は女性受けがあまりよろしくない。それでも彼女のように「軽でも構わない」と言ってくれる女性もいるのだと思うと、僕は嬉しかった。

「絢乃さんがそうおっしゃるなら、それでもいいんですけどね。この車のローン、もうすぐ終わるんです。そしたら、別の車に買い換えようかと思ってて」

 僕がそう言うと、彼女から興味津々で「もう車種は決まってるの?」と訊かれた。
「ローンの支払い額は高くなるけれど、次のはセダンにしようと思っている」と僕が答えると、彼女は一瞬表情を曇らせた。きっと、僕のその先の生活が苦しくなるであろうことに胸を痛めていたのだろう。
 経済的に厳しくなることは覚悟のうえで、それでも彼女にはもっといい車に乗ってもらいたかったので、僕にはもう迷いはなかった。

「次に絢乃さんをお乗せする機会があった時は、こんなに窮屈な思いはさせないで済むと思いますから」

 僕が何気なく言った一言に、彼女は照れたように「…………あ、ありがとう」と小さくお礼を言った。
 ……もしかして困っている? 俺、今絢乃さんをナンパしようとしてたのか!? 僕は顔から火が出るくらい恥ずかしくて、穴があったら入りたくなった。
 しばらく待ってみたが、彼女はすぐに嬉しそうにはにかんだ。その時はまだ、まさか彼女も僕に好意を抱いているなんて思ってもみなかったので、とりあえず彼女が困っていないことにホッと胸を撫でおろした。